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      <title>考祐洞</title>
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      <description>アポロンからプレアデスへ</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
      <lastBuildDate>Mon, 08 Jun 2009 19:33:43 +0900</lastBuildDate>
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      <item>
         <title>ミサイル・核実験...暴走続ける&quot;持ち時間&quot;なき将軍様＜最期の挑戦＞台頭してきた後継者の命運金王朝３代目終幕役＜金正運人間研究＞</title>
         <description><![CDATA[<!-- 新聞入る -->
<div style="text-align: right;">陰陽五行道・玄学　形象命理学　水戸弘天</div>
<div align="center"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.h-mito.com/contents/images/20090608kiji.jpg" class="lightwindow" title="東京スポーツ　新聞記事"><img alt="" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20090608kiji-s.jpg" class="mt-image-center" style="margin: 0pt auto 20px; text-align: center; display: block;" width="560" height="540" border="0" /></a></span></div>

<h4>１．『東スポ』の見出しは不適切</h4>

　'09年４月18日付の『東京スポーツ』に水戸弘天の北朝鮮に関する未来予知が紹介された。
　しかし同記事におけるタイトルは少々不適切だ。「'10年に北朝鮮は崩壊かも？」とあるが、これでは'10年には崩壊か、と早合点してしまう。そんなことは話していない。「'10年は崩壊への序曲」というのが正確であり、'10年からいよいよ"平壌燃ゆ"北朝鮮の激動混乱が始まるからだ。

<h4>２．衰弱する一方の将軍様の容態</h4>

　４月初めになってやっと将軍様のお姿が動画によって出現したのだが、そのあまりのやつれぶりに世界中が驚いた。
　かつてはメタボのモデルそのものであったのに、腹はへこみ、肩の肉もホオの肉もゲッソリとコケ落ちて誰の眼にも10歳ぐらいは老け込んだように見える。この風貌を見た人民たちは「ご苦労されて痛々しくやつれた将軍様に涙した」下々の同情を集めたというから独裁者というのはありがたいものだ。
　ともあれ、このミサイル、核実験と矢継ぎ早に世界中を敵に回してその危険な恫喝外交戦略の行方にアジアの否、いまや世界の命運がかかっているといえる。
　その行末を決する要因はいくつかあるが、そのうちで最も大きなものはやはり将軍様の健康不安にあるだろう。最近のＣＩＡの情報でも容態は悪化しつつあると伝えている。
　現在のその体調はどうなのか――。昨年８月に循環器系疾患によるトラブルで倒れた後、10月になって再び倒れたというが、その健康危機については既に'04年発行の拙著に＜'08年朝鮮半島の衝撃～金正日破局の日～＞の中で「'08年の危機」を指摘しているとおりとなったのだ。それが何故、予知できたかといえば、＜陰陽五行道＞（形象命理学）に依る理論的根拠を基に彼の肉体生理機能の分析による成果にほかならない。ともあれ今や＜死線を越えた＞将軍様の健康状態はどうなるのか――。
　最近の平壌報道によれば、歩行も自由で地方巡察も繰り返しているという。さらにはタバコも喫っているようだから、その元気ぶりの吹聴が激ヤセの姿と共にかえって自然ではないものを感じるのだ。
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20090608zu01.jpg" width="160" height="117" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>　さて、そんな将軍様の最近の体調の真相はと易占にて透視することにした。すると得た卦は＜澤天夬＞２爻となった。それは＜水勢が強大でそれが既に水域を超えて決潰する状況にある＞というのである。ここにいう＜水＞とはつまり＜病＞にほかならず、将軍様の病状は既に行き着くところまで行ってしまった、つまり＜万事手遅れである＞という意味であり、その結果として＜澤火革＞→＜全てが革（あらた）まる＞２年目にその人生が激変するというのだから穏やかであろうはずはない。倒れた'08年から数えると'09年になるし、今年から数えると'10年となる。

<!-- 図表入る 上の文章にかかる -->

　以前からたとえ'08年を過ぎたとしてもまだ'10年いっぱいまでは危険水域の領域内に停まる、ということなのだ。したがって病状は今しばしの小康状態で保っているにすぎない。真の快復ではなく＜三途の川の渡し場への歩調は少々ここにきて緩やかになってきた＞にすぎないということなのだ。この下半期にまた"最期の発作"が起きる可能性も大きい。

<h4>３．死期を悟った将軍様 ＜最期の挑戦＞</h4>

　テポドン発射に続く核実験――  これを北ウォッチャーの中には「軍部の暴走である」と説いているムキがあるが、将軍様健在である以上、軍部の勝手な暴走などはあり得ない。全ては将軍様の命令以外の軍事行動はあり得ないのである。将軍様の意図するところは唯一つ＜アメリカとの直接交渉による平和条約締結→現独裁体制の護持＞これによって金王朝の将来の安泰を確立した上でそれを後継者に受け渡す――  これが将軍様人生最期の締めくくりのひと仕事と焦燥感にかられて思いつめているのだ。それというのも将軍様は昨年の８月中旬以来の闘病生活で死の深淵をのぞき死線を越えた――  そこで自らの死期も悟ったのである。
　そんな彼にとっての緊急時は後継者の指名確定であるが、３王子はいずれも国内での認知はされていない。そのために世襲後継作業は速やかになされなくてはならない。現将軍様が後継者として登場するまでも20年はかかった事を、ここ数年のうちに達成しようというものだからそこには当然無理もあり、歪みも生じてくるのは仕方ない。それが平壌政局'10年代の激動と混乱を招く原因にもつながってくるのだ。
　ここで後継者が登場するまでの過渡期に環境整備作業の大役を果たすキーマンが張成澤である。
　ところが最近、注目されたのは第３王子、正雲の台頭である。今年の初め頃から＜正雲＞の名前がしきりに浮かんでくるようになり、春先には13人の国防委員に張成澤が加わる一方で正雲も「指導員」に加わったとされている。それは「国防委員の"見習い"で近い将来の正式な国防委員への参画を意図したものだ。

<h4>４．浮上した後継者第３王子「正雲」の命運</h4>

　将軍様が最も溺愛しているのが「正雲」といわれるが、陰陽命理学による人間分析をみるとなぜ親父の将軍様がこの正雲を頼りにしているかがわかるというものだ。

　<tt>金　正雲　1983年１月８日生まれ（９紫年、３碧月）
　　　　	壬  戌（　戊　）　偏  官　　食  神　　墓
　　　　	癸  丑（　己　）　正  官　　傷  官　　養
　　　　	丙  申（戊壬庚）　偏  官　　偏  財　　病

　　　　	18才～28才　乙  卯　　印  綬　　沐  浴
　　　　	28才～38才　丙  辰　　比  肩　　冠  帯</tt>

<h5>● 金正雲の人間性及び個性</h5>

　見かけは純朴に振る舞い態度にも飾り気のない無頓着を装っているが、内心は神経質で敏感な性格の持ち主。行動機敏な努力家である。
　いつもスキのない身構えで世間や人に先んずるべく虎視眈々の姿勢を崩さない、一口にいえば油断のならない人物。要領もよく、頭の回転も早い技巧派である。しかも目的のために人を利用するのが巧みで、そのために人間の心情的な犠牲は顧みない非情冷酷さも備えている。このあたりは＜独裁者になるには必須の人間的資質＞といえよう。
　また社会や流行の動きに敏感で適応性も高い反面、節操を誤る危険性は高い。政治分野への関心は強いこうした点も＜正男、正哲よりも権力者には向いている＞といえる。
　芸術的なセンスもあり、才腕的には見るべき面は多いが短気で移り気な性格。いつも一石二鳥を狙いすぎて計画が空転する危険性もある。
　人怖じしない度胸と自信はどの分野においても成功する可能性は高いが、常に慎重な参謀との協力が必要である。カンと努力と勇気で少壮のうちに一派を成すが、清濁併せ呑む度量が成功のカギとなる。
　しかも権力を持つと一気に独走する傾向があるので、バランスの崩れた人間関係に陥り組織は不安定なものになりやすい。いつも積極策はいいが、その後始末の出来る後見役が必要である。

<h5>● 金正雲の宿命的傾向</h5>
　まず宿命的特徴としていえることは＜波乱浮沈型＞の気の毒な人生軌道である。自発か他発は別にして、何事につけても＜破れる＞という事象に縁の深い＜特殊星＞という星の下に生まれており、自ら進んで事を起こせば必ず最後には＜敗れる＞というのだ。

　しかもその特徴をいえば＜組織＞とか＜家系＞といった"連続性"を持つものを自ら＜破壊＞する宿命傾向をもつ、しかもそれは金ファミリーをも＜破壊＞する関係にもなっているので、たとえ正式後継者となってもその使命を全う出来ないことになる。だからポスト金正日の後継者になったとしてもその後の平穏な人生は望めないのだ。
　それと共にもう１つ気になることは彼が体験した'07年'08年の凶災についてだ。この点については(1)ハーレーダビッドソンに乗って深夜に衝突事故に遭い重態に陥った。㈪深刻な内臓疾患に陥っており健康不安を抱えている―― との２説がある。
　そのためかどうか、近年における正雲の写真は全く存在せず、韓国でさえも入手してはいない。
　だからそんなに知られていない存在が後継者になれるはずもないという見方が一部に出ているのも当然だろう。最近における＜正雲＞の後継者浮上は本来は長男の正男が後継者候補No.1であったはずだが、彼は世界を飛び回り武器輸出や資金運用など金王朝の宮廷資金の裏金運用調達に専念している間に資本主義社会でのビジネスの面白さと巨額の資金を手にして歓楽も覚え、もともと権勢欲がなく政治には興味のない能天気の人物だけに、殺伐な暗殺、粛清の横行する平壌政局に関与するつもりは全くない。
　だから現在はマカオにいて平壌には帰らず、帰国命令が来た場合は北京に亡命するかアメリカに亡命する心算であろうと予測されている。既に平壌では彼の取り巻きが拘束されたりして粛清が始まっていると伝えられているが、正男同様に北京から信頼されている張成澤はノンポリ正男を＜祖国改革＞のための"救国理念"での奮起を説得するが「いやだ、平壌には居たくない。ボクは後継者など自信がない」と平壌政局での活動を拒否。
　そのために将軍様がいつ逝ってもおかしくない状況に焦った時期政権擁立の演出家・張成澤はいよいよ決断を迫られ、まだ若すぎるが後継者擁立の環境整備に時間がないままに＜守旧派＞の軍幹部たちと妥協、とりあえず若すぎるが正雲を起て、将軍様の＜不測の事態＞による"政治空白"に対応しようという緊急苦肉の策が＜金正雲の登場＞の裏事情である。
　だから平壌ではにわかに取って付けたように正雲の"実績づくり"が鳴り物入りで進められているのも正式デビューの際にどうしても必要な"実績"なのだ。だからミサイル核実験もやがて正雲の"実績"とされることだろう。
　これまで正雲の背後にいる支持勢力としては玄哲海、李明秀などの大将クラスの軍幹部で、いずれも海外生活体験のない自国の異常さがわからず牢固とした既得権益を徹底護持する＜守旧派＞であり、北京流改革・開放路線に反発していた立場の者ばかりである。
　昨年８月から始まった張成澤らの＜病室統治＞の際にこれを好機と捉えて行政改革の大義名分の下に将軍様の威を借りた＜守旧派＞の一掃、追放を張成澤は猛然と断行している。この一速の"粛清攻撃"に対して＜旧守派＞勢力はこれを決して忘れてはいない。張成澤へのリベンジはやがて実行されるに違いない。
　今回の正雲擁立を実現するにあたって張成澤はこれら＜守旧派＞を慰撫し妥協した形となったが、これが将来どんな形となっていかなる新状況を生むか―― '10年代の北情勢を予測する上でのキーポイントとなろう。
　これは将軍様の容態悪化と同時に平壌政争が噴火する火ダネとなるのは確実なのだ。
　'12年の金日成生誕百周年を待たずして将軍様が急逝した場合、張成澤が総書記代行者となり正雲を総書記候補者として擁立し、これを議長とする集団合議体制を敷いて'12年までをつなぐというのが平壌政権の当面の平常時対策であり、将軍様の"体調"はそこまで切迫しているのだ。
　そこで正雲の個人的命運を分析することによって今後の平壌政局の動向を予測することが可能となるのだ。
　正雲の近未来の運命的傾向は'08～'12年にかけての周期は社会から注目を集め、また名誉を受ける星の下に作用されている。
　その中でも'11年、'12年の両年はその傾向が強まるので何らかの権力的地位を得ることになろう。
　しかしそれは決して平穏、安泰な環境の中に身を置くものではない。というのは'13年、'14年は思いがけぬ暗転、不慮の災厄など苦境に陥るからだ。
　こうしてみると、'10～'15年頃までの運命周期は破乱興亡浮沈の激しい環境の中に身を置くことになろう。
　それは北朝鮮の国運をそのまま後継者の命運が反映されているものとみてとれる。
　国内に周知徹底する準備期間もないままに正雲王子は骨肉の争いを内在させたまま各々の王子の背後についた支持勢力間の権力闘争は激化し、その狭間で翻弄されていく気の毒な宿命の持ち主となるのだ。
　'12年の金日成生誕生百周年の大イベントの中心テーマとして正雲は正式に総書記の地位に就くことになる。
　またそれまでは(1)ミサイル、核実験を繰り返し核保有国の仲間入りをして  (2)アメリカにそれを認めさせて米朝会談の末に平和条約を締結する→これによって金王朝の独裁国家体制の護持を認定させる。そして金王朝の将来への存続、安定路線を確立させる――  など次期後継者成立のための必須条件が全て完備されている状況でなくてはならない。
　それにはどうしても総書記の目が黒くなくてはならない。
　もし'12年の正式後継者就任までに総書記のＸデーが発生した場合には偉大な存在の求心力が失われたために権力機構各部の利害調整は機能せず、権力闘争が表面化し熾烈なものとエスカレートしていき、果ては内乱状態にまで至るようになる。加えて国外からは国連による制裁行動は着々と進行、陸路、空路、海路の物流は封鎖によって途絶し、孤立した北は国内に内乱勃発、ついに大量の難民を発生させるに至り、約数百万人の難民が中国東北部に流入するようになり、難民の中には武装した脱走兵も混入しこの動きを中国人民解放軍は好機ととらえ"国土防衛"のために北朝鮮に侵入するに違いない。これはチベットの場合と異なり、難民侵入の阻止と治安維持のためにさらには核の管理という大義名分があるから国際社会の非難を浴びることはない。
　だから北朝鮮の利権を全て諸国に先駆けて取得しようとしている中国としては北朝鮮のある程度の混乱は歓迎すべきことだろう。
　制裁封鎖による実施は海路、空路は国連軍に任せるとしても陸路は中国が独占することになろう。また国際金融面も全て封鎖されて経済も破綻するから北朝鮮は自壊するハメになる。国内では権力闘争と内乱、対外的には制裁封鎖――  北朝鮮はもはや国としての運営は崩壊し、最悪の事態となる。
　むろんこれは最悪の予想であるが、将軍様の目の黒いうちに円満な禅譲が行われればよいが、それが目算どおりに実現しなかった場合はこの最悪のコースも起こり得るのだ。
　いま正雲の命運をみていくと、'10年以降の命運が決してハッピーではなく周囲の混乱激動の環境の中で起伏盛衰の波に翻弄される人生軌道は、明らかに'10年代における北朝鮮の国運波乱を反映しているといえる――  その現象は'10年を迎えると実証されていくことになろう。
　結論としていえる事は＜正雲は金王朝終焉の終幕を引く因縁を持つ継承者となる人物＞ということである。]]></description>
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         <category>金正日・破滅の日</category>
         <pubDate>Mon, 08 Jun 2009 19:33:43 +0900</pubDate>
      </item>
      
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         <title>回復した将軍様は後継者指名がまず急務次期政権樹立と＜北京治療亡命＞の可能性</title>
         <description><![CDATA[<div style="text-align: right;">陰陽五行道・玄学　形象命理学　水戸弘天</div>
<div align="center"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.h-mito.com/contents/images/book-L.jpg" class="lightwindow" title="「金正日 破滅の日 朝鮮半島2008年の衝撃」"><img alt="" src="http://www.h-mito.com/contents/images/book.gif" class="mt-image-center" style="margin: 0pt auto 20px; text-align: center; display: block;" width="560" height="250" border="0" /></a></span></div>

<h4>１．死の深淵をのぞいて将軍様の心境変化</h4>

　健康状態が危ぶまれていた将軍様が５カ月ぶりに姿を現した。本誌は〈Ｘデー〉を予告していたのだが、運命学上の純粋理論からすれば「水旺の時」（厳冬の時季）に生命を落とすのだが、結果的にはそれが助かった。あくまでも運命学は80％であり、残り20％は人間の努力に任されている----  これが天の配剤なのだ。
　将軍様の場合にも20％の部分で最善を尽くしたのである。ヨーロッパから億単位の治療費を費やし、また中国からも漢方医師を招き6000万円もの中国の漢方高貴薬を購入するなど莫大な治療費を注ぎ込み平常人が成し得ない最高の治療のおかげで危地を脱することが出来たのである。
　これは私たちにも良い教訓を残してくれた。運命は努力によってある程度は克服できるのである。20％の人間的努力をそれこそ普通の３倍もするならば、それは60％となり、定まった運命の大半は克服される計算となる。しかし基調として定められた大筋の傾向性までもは大幅に改善することはない。
　この将軍様の場合でも今回は"奇跡的な回復"を果たしたが、当初から述べている〈三途の川の渡し場〉への孤独な行進が全くなくなったわけではない。その歩調が遅くなっただけにすぎないのである。およそ一般に人間の寿命には３回の肉体の危機があると言われている。その最後の３回目の寿命が〈定命〉といい、これはもう助からない本当の寿命なのである。こうしてみると、将軍様はこれまでに８月中旬と10月の２回、危機に陥っている。金日成の設けた「長寿研究所」あるいは「火烽診療所」などの個人専用の医療施設が身近に整ってなかったならばその生命は今まで持たなかったに違いない。
　訪朝した中国高官たちと対面している将軍様の相貌について観相の視点からみるといくつか目が惹かれる箇所がある。全体には以前よりやせた上半身とその面貌の印象がかなり異なってきている。人間的な内面的な柔和さが出てきたのである。これを一口で表現すれば〈ホトケ顔〉になったといえよう。このあたりはいかに〈神格化されたカリスマ独裁者〉でもやはり血の通った人間なのだ。
　生命の危機に陥った時にこれまでのなに不自由ない、思うこと叶わざるを得ない人生の中で体験出来なかった体験を得たのである。
　この将軍様の〈内面的な精神分野〉についても陰陽学では次のように解明できるのだ。
　将軍様の星は'09年に入ってからというもの〈周期律〉が前年'08年からガラリと変わったのである。それは〈印綬〉の星となったのが目立つのだ。その星が支配するところの精神性は次のようなものだ。
 〈印綬〉反省、探究、思索が特徴となる周期。人間としての存在そのものへの懐疑になりその根源性を追求していくという周期。哲学的、宗教的思索の周期。
　今までは自己の人間的存在とその社会性に於いてのみ自覚し行動してきたわけだが、この周期に入ってからというものは社会性から孤立したこの周期に至って初めて哲学的とまでいかずとも、ふっと自分はこれまで何をしてきたか、何のために働き汗を流してきたのであろう、といった人生におけるより根本的な疑問を抱き、あらためて自己という存在を自分で客観的に眺めてみる、そして自己の存在について〈その限界をも自覚〉するようになるのだ。
　つまり確かな手がかりは自分だけしかない自分という存在、自分だけの考え方に没入する自己の探究である。環境から孤立して環境に煩わされずに自分自身を心理的に解明しようとする。
　外部からは反省、思索などに見えたりもするが、昨年の再出発、行動性に連なっていくものだ。昨年の沈潜してきた心理的煩悶が底をついてこの〈印綬〉によってギリギリの線で自分を支えていくのである。
　心理性の感性を意味する宗教、芸術、研究などに本質的に好ましい周期であり、人間探究の成果のあがる時。心境的変化をきたす年となる。
　以上のような心境に至る将軍様の'09年であるが、具体的な命運状況はこうなる。

<h4>２．後継者指名がまず急務</h4>

<tt>　'09年　偏印 -- 印綬</tt>

　執務上は早急に決断しなければならない案件が多くなり、煩わしい事ばかり山積する。その中でも問題は血縁関係の厄介事、解決しなければならないことの決断を迫られることのみ多く、苦悩は尽きない。
　また本年は将軍様の良き悪いことを問わず全ての実情が明らかになりスポットライトを浴びたような状況になる。
　さらに今回は〈復活した将軍様〉のお姿を全世界に周知させたが、現実はこれでスッカリ健康体に回復したというものではない。
　将軍様の今後の健康面を陰陽学の分野から次に検証していこう。

<tt>　金　正日　1942年２月16日生（４緑木星年、８白土星月）
　　　壬午（丙）　食神　偏官　沐浴
　　　壬寅（丙）　食神　偏官　絶
　　　庚子（癸）　　　　傷官　死
　　　戊子（癸）　偏印　傷官　死

　　　　　66才〜76才　己酉　印綬　帝旺

　　　'09　己丑　印綬
　　　'10　庚寅　比肩</tt>

　'08年の健康トラブルは戊子（歳運）--　戊申（大運）--　命造の中の月と日の子、の申--子--申の合局による水勢大過による〈水剋火〉（水：腎系、火：心臓系）の原理による循環器系の危機であったが、'10年の歳運、庚寅の寅と命造における年月、午寅が午--寅--午の火局三合を形成し、命造中の水勢大過と衝突する----やはり〈水剋火〉の激戦であり、'08年のトラブルと同様の原理による病症となろう。また'10年は悪いことに本命４緑木星は北（坎宮）に入り、いうところの〈本厄〉の厄年に入る。持病のある者にとってはこれまで潜在していたものが顕在化するイヤな年でもある。したがって将軍様の'10年はまたも危機の年になる。特に２月、６月、12月は要注意だ。
　以上のように病身をベッドに横たわったままでいる将軍様はこれまでにない体験をしたのであった。それは(1)自分の生命こそは自分の自由にならないものであり、何でも思いのままになる自分でも自由にならない時がある。(2)こうなって大切な頼りになるものは血族であり、家族以外にはあり得ない---- ということだったろう。思えば病室にあって政治的空白にならぬように立ち働いてくれたのは張成澤と第５夫人であったことをあらためて心強く感じたのであった。
　将軍様の心境変化によって後継者指名は環境整備と共に今後すみやかに進んでいくようになろう。'09年〜'11年にかけての期間は将軍様にとって〈大変動〉の周期であり、北朝鮮次期政権樹立の年となる。
　また注目すべき点がもう１つある。それは先の中国訪朝団が将軍様への訪中招待状を提出したことだ。それを快諾した将軍様は訪中してさらなる治療を受ける心算に違いない。それが後継者指名後であった場合、国内統治に安心して北京での長期逗留の治療に入る生活も考えられるようになってきた。北京への治療亡命の可能性も出てきたのだ。
　この１月中旬になって〈後継者指名は金正雲〉との情報が唐突にもたらされて北朝鮮ウォッチャーたちを注目させた。
　将軍様の三男坊でまだ25歳、昨年８月にはオートバイで衝突事故を起こし重態となり、その惨状を見た将軍様はショックのあまり脳卒中を起こしたのが今回の健康不安の原因となったと伝えられていた。また別な情報では事故説は誤報であり、真相は内臓疾患による入院であるとの説もあって、どちらが真実か不明だが、いずれにしても息子の３人が各々持病を抱えてまともな健康状態でないという説が有力だ。この〈後継者・金正雲説〉情報は、米国務省筋によるものだとされており、韓国筋では全く問題にはされていない。こうした情報が突然流されてくるところに〈平壌政権・後継者擁立〉をめぐっての〈権力闘争暗闘〉の激化を立証するものだろう。
　その〈権力闘争〉の内容については究極のところは「改革開放派〈張成澤＝金正男（北京派）×守旧派〈李済剛、李勇哲＝正哲、正雲（党・軍の既成権益確保固定化）〉大別するとこんな図式になるようだ。
　要は腹違いの子どもたちの背後に各々の既得権益を死守する支持勢力が存在するために後継者にしようとの構造的権力欲と肉親間の野望とが絡み、血族の骨肉の争いも根底に混えているから複雑な様相となってしまっている。今や平壌金王朝の末期症状なのだ。これは将軍様が金日成の膝下で帝王学を学び取る一方で後継者の座をめぐり骨肉の争いを展開してきた体験があるだけに、これだけはさせまいとする思いが強いためにいつまでも後継者を指名できずにいたのだ。それもいよいよ限界にきた。

<h4>３．張成澤は幸運児か？</h4>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20090128-01.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20090128-01.jpg" width="200" height="200" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>　今は張成澤が去年８月中旬以降〈病室政権〉トップとして執り仕切っており、次期政権の産婆役となるだろう。やはり〈ポスト金正日のキーマン〉であるのは変わりない。そこで張成澤の個人的命運はどうなるか----。これによって次期政権樹立の行方が少しは推測できようというものだ。
　今や平壌政権の異変が確実となった'09年に張成澤の命運はどうなるか----。かれの四柱命式については前号で紹介しているので、今回はそれを基に解明することにしよう。

<tt>　張　成澤　1946年２月６日生まれ（９紫火星年、５黄土星月）離宮傾斜
　　　　　　59才〜69才　丙申　正官　帝旺
　　　　　　'09年　己丑　63歳　偏印　　養</tt>

<h5>● 張成澤'09年の運命傾向</h5>
　もともと権力志向、名誉欲の強い性質であるから、自分の意志よりも周囲の人々から乞われ担ぎ上げられ結局はそれが自分にとって結果的には報われず損害を受けることになる。
　また、目上に替わって相当の位を得るか、その地位を相続するかあるいはその重要な相続問題に深く関与するようになる。一方では健康、肉体面では要注意であり、身体健康運は要注意。時には一命にも関わるような状況に陥ることもある。

<h5>● 張成澤'10年の運命傾向</h5>

<tt>　　　　　　'10年　庚寅　刧財　　胎</tt>

　兄弟、身内、同僚など周囲の人々のために迷惑をかけられ厄介事を押しつけられる。環境への不満が甚だしい近親者のために被害を受ける。自分の主張が通らずに苦悩する。精神不安定。
　こうしてみるとやはり今年の張成澤は金正日引退後に新政権構築の重要なキーマンとしてそれなりの役割を果たし重要なポストに就くことになる。しかしその就任は張成澤個人の運命にとってそれは喜ぶべきことではない結果となるということだ。次に姓名判断での分析も参考になるので加えておこう。

<tt>　　　張　成　澤
　　　11＿７＿16　　＝　総画数34画　　破壊凶兆の凶数　困難辛苦、病難短命、
　　　申　辛　丙　　　　刑傷凶災、破綻亡身の大凶象</tt>

　甲−辛−丙の組み合わせ＝成功難あり、基礎不安定、心身過労、常に身分不相応、健康面では神経、呼吸器系、眼に難あり。

　こうしてみると確かに今年の張成澤は命運の示すところにまるで符節を合わせたようにその身辺は動いているのが不思議である。そのとおりになるとすれば新政権が成立する前後というものは張成澤の身辺には不穏な動きが感じられてならないのだ。また新政権スタート後に平壌に順調に進む雰囲気の中に身を置く状態にはない。そこで次には〈太陽黒点増減〉に準拠して導き出される〈ＹＭＤ波動〉による判断の図示による張成澤のライフウェーブは次のようなものだ。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20090128zu02.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20090128zu02.jpg" width="318" height="140" class="mt-image-none" style="" /></span>
<p style="font-size:x-small;line-height:1.2em;margin:0 0 0 10px;">YMD波動の示す張成澤の運命（西宮史朗氏制作）。
'11年からの運気下降に向かう張成澤の運命は平壌政権の今後の混乱を暗示している。</p>

　注目されるのは新政権が樹立されてまもなくという'09年の半ば頃より運気はガクンと右肩下がりになっているのが気にかかる。
　これは察するところ新政権中枢部の重鎮となるのは確かであるが、樹立してまもなく政権内部に権力闘争が絶え間なく安定せず、'10年は当初の地位を守れるが'11年に至ってからの状況は極めて悪く運命の暗転を体験するようになろう。
　このように張成澤が新政権のキーマンとなるのなら後継者には自らが就くか、あるいは金正男を就かせて自分は金ファミリーを代表して後見人となるということになろう。しかし金王朝の〈金庫番〉海外アングラマネーの担当者として自分は100億円以上もの資金を北京に貯えハーレムをつくって海外漫遊するなどというケッコウな生活を楽しんでいる能天気な金正男にしてみれば間違り間違えば命のやり取りをするような平壌政権中枢部には関わりを持ちたくないのが本心であるはずだ。
　だから目下、張成澤の仕事は金正男を説得し、後継者としての意欲を沸かせると共に祖国改革による人民への責任を果たさせるべく為政者としての自覚を喚起させるべく努力している最中ではなかろうか----。

<h4>４．金正男の人生行路も平穏ならず</h4>

　それでは金正男の〈個人的命運〉はどうなっているのだろう。前々号に金正男の四推命式は既に出しているので、その判断を記していこう。

<tt>　金　正男　1971年５月10日生（２黒土星年、８白土星月生まれ）
　　　　　　辛 亥２　　癸 巳８　　乙 未</tt>

　特殊星の生まれという特異な運命の持ち主。それは自己主張強く、せっかくまとまりかけたものを自ら壊してしまうことが多い。
　チャンスをつかむと大きいが、つかみ損なうことの方が多い。とにかく運気の波乱起伏が多く、自分が悪くないのにも関わらず突発的な不運に見舞われ、まともに自分が傷つくハメになる。運命が急転直下一夜にして転落するという〈激変の人生〉なのだ。いってみれば運に見放されたような気の毒な生まれなのだ。

<h4>５．＜張・正男コンビ＞は破綻の予兆</h4>

　またここで重要なもう１点の視点を忘れてはならない。この両者の相性をみることだ。張・正男コンビによる政権樹立は可能かということだ。
　分析の詳細は省くとして結論を端的にいえば、両者の相性はすこぶる良くない。凶である。
　お互いが助け合う関係にはなく、張にとって正男は周囲の人間関係を壊す緊張を高める厄介な存在であり、互いに剋害し合う関係となるからだ。この場合の二人三脚は凶運に向かってのコンビでしかない。不運の相乗効果がその結末となる。おそらく両名主導の〈親北京改革開放志向〉の政権となろうが、これに反発する抵抗勢力を一掃できないのであろう。両者の不運な運命航路がそれを物語ってあまりある。
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20090128zu01.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20090128zu01.jpg" width="300" height="203" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>　張成澤の当面の運気を易占したところ次のようになった。
 「来ること徐々たり、金車心苦しむ。吝なれども終わりあり。志、下にあるなり」とあり、この卦は「君主の執権の立場にある者が天下人民の苦しみを救い得ず下位の賢臣の助力を求むるがところがこれに速やかに応じてくれない」----重職にあるのだが、時流に合わず困苦する。苦しみの後に成就する。出来れば隠居したい心境にある象、また意外な人の登場によって助かる、との意味もある。

<h4>６．意外な〈第三の男〉は登場するか</h4>

　ここで〈意外な人〉というので思い出した人物がある。ヨーロッパの北朝鮮ウォッチャーの間で密かに注目されている〈第三の男〉----。それは金日成が最晩年に至って身近な看護婦の１人に生ませた子ども、張賢の存在である。
　金日成も正日とは30歳以上も歳の離れたこの子の存在を体裁悪く思ったらしく、張成澤の兄の家に養子に入れてしまった。〈親北京派〉×〈守旧派・党・軍部〉の対立を中和させる便法として両派とは距離を置いている張賢を担ぎ出そうというのだ。
　いずれにせよ次期政権は短期で終わり、その後は権力闘争は激化、内乱も起こり得る北朝鮮の近未来図だ。
　'10年に入ると北朝鮮の国運はかつて６カ国会議の主役となって超大国を翻弄し続けたあの国威が消え失せ、平壌は内紛絶えぬ状況となり治安は北京政府の支援なくしては確立出来ぬ実状となるに違いない。張の不運な人生行路がそれを示しているのだ。
　これからの米朝会談は進み、オバマ外交の一環としてキッシンジャーあるいはイラクで失敗したブッシュ元大統領が特使として訪朝するとの説も浮上してきた。こうなって初めて拉致問題も'09年はその解明が浮上し、解決に向かって動き出すのである。]]></description>
         <link>http://www.h-mito.com/contents/blog/post_9.html</link>
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         <category>金正日・破滅の日</category>
         <pubDate>Sat, 31 Jan 2009 00:19:31 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>平壌＜病室政権＞ 政治空白の異常事態を支える張成澤の危うい命運</title>
         <description><![CDATA[<div style="text-align: right;">陰陽五行道・玄学　形象命理学　水戸弘天</div>

<h4>１．"病室政権"を掌握する男</h4>

　その後の"平壌情報"には見るべきものがないが、そんな中で注目されたのは２月12日号の『週刊現代』の「金正日を激怒させた"女帝"と"隠し子擁立計画"」の記事だ。それは金正日の側近の１人が語ったという次のような内容である。（１）義弟の張成澤と共に"病室政権"を取り仕切っているものとみられている"第４夫人"の金玉夫人は、将軍様との間に子どもをもうけている。この息子を後継者として擁立する勢力が結成され、それを知った将軍様は怒り狂った。この激昂が倒れる原因の１つにもなった。（２）容態は奇跡的回復をみせており、左手に麻痺が残っており言葉も不自由ではあるが執務室での政務をとっている。歩行はヨチヨチ歩きだが全権力を一手に掌握している。だから"権力闘争"などはあり得ない。（３）オバマ米大統領とは朝米首脳会談を開くことになろう----などが主な要点である。

　また12月12日には「北朝鮮の現状と拉致被害者の救出」（家族会・救う会・拉致議連主催）のシンポジウムに出席した脱北者で北朝鮮・朝鮮労働党の対南工作機関である統一戦部出身の張哲賢が次のような内容を述べたのが注目された。

　（１）平壌政権内部では、穏健派と強硬派とが対立し、権力闘争をしているとの説があるが、それは事実ではない。徹底した個人独裁の下での権力闘争はあり得ない。（２）組織指導部、宣伝扇動部、統一戦線部、党軍事部、国家保衛部など主要署の実権は全て将軍様が兼務して掌握している。（３）後継体制は出来ていない。将軍様万一の時はそのために権力の空白が生ずるだろう。

　しかし、この見方はあまり内部にいたために政権を外部から分析する客観性に欠けているために見誤っているところがある。"権力闘争"はあり得ないとしているが、現実に金正男をめぐって腹違いの兄弟が多いために骨肉の争いが過去に生じている。先年オーストリアで金正哲支持勢力による正男暗殺計画が発覚している。また将軍様の義弟で事実上の実力者No.２と言われる張成澤は過去、平壌市内をベンツで走行中、軍用トラックにぶつけられ重傷を負った事故もある。これなども交通量の少ない平壌市内での交通事故などは考えられず、明らかに張成澤の親北京・改革開放路線に対して反発する軍部による暗殺未遂事件だったといわれている。

　将軍様に一点集中した個人独裁下にあってもこれほどの暗闘が発生するのであるから、ここで権限を部署ごとに割譲した場合、権力闘争は公然と表面化して激しいものとなろう。だから将軍様の独裁は終身制ならざるを得ず死亡直前まで自ら後継者を指名することはないだろう。金正男が北京で中国外交部の幹部たちに「後継者はいない」と言っているのもそのためだ。

　後継者を指名するためにはまずその前提条件となる環境が整備されなくてはならない。それには以下の条件がクリアされねばならない。

　（１）米朝交渉の進展と解決　（２）日朝国交の進展　（３）国内情勢で整備→経済再建と世代交代の進行"海亀派"（海外留学組、開明勢力の浮上）など高級テクノクラスの進出----

　将軍様のどうにか息のあるうちにこれらの進展と同時に容態によってはたとえ将軍様の後継者指名を待たずとも後継者を擁立させて政治的空白ができないようにする。----将軍様の〈Ｘデー〉に備えた非常事態対策は深く静かに潜航中なのである。もちろんこの非常事態の対策を直接担当しているのは党行政部長の張成澤その人にほかならない。

<h4>２．キッシンジャー"電撃訪朝"の実現</h4>

　アメリカのオバマ新大統領の登場をにらんでの米朝交渉も静かに進んでおり、'09年早々にはあのキッシンジャーによる"電撃訪朝"が実現し米朝国交交渉は具体的に進展するという説もにわかに実現性を帯びてきた。かつてのニクソン訪中に先立ってのキッシンジャー特使が背後の数百社にのぼるユダヤ企業の要請を背に鎖国状態の北朝鮮への投資戦略を展開するためもあって、華々しくオバマ外交の一翼を担うというものだ。

　将軍様の当面の課題は、米朝交渉の展開で六カ国協議のテーブルを単独で飛び越えて米国一国とのみ交渉するというものだ。将軍様が最後の気力、体力を振り絞っての最大テーマであるという。

　そして次の国をあげてのテーマは'12年に迎える〈金日成生誕100周年〉である。これは国の威信を懸けての一大イベントとするために海外からの経済支援や投資を受け入れるための準備が進められている。目下、病の克服の最中にある将軍様にとって〈最後の夢〉が叶えられるかどうか、その答えはこの新年に出るはずである。

<h4>３．平壌政権"危機管理"の中心核、張成澤の〈人物解剖〉</h4>

　'04年に刊行された『金正日破滅の日』の中で〈ポスト金正日のキーパーソン〉として次のように記述している（同書116頁〜128頁）

　張成沢は大学を卒業した後、平壌市党組織指導部指導員として活躍を始め、金父子からも認められ、ついに妹の金敬姫と結婚することになった。この結婚以来、金ロイヤル・ファミリーの一員となった張成澤は金正日の側近No.１として辣腕を振ってきた。

　'70年代の半ばには、各国の北朝鮮大使館を統括する海外大使館指導課長として麻薬、酒の密輸など非合法をも含めた外貨稼ぎの戦略を指揮していた。だから金正日の信頼は絶大なものがあり、張の実兄・張成萬は人民軍第３軍団長、平壌防衛という重要ポストに据えるなど一族は各々に重要な地位に就いている。

　大方のみるところでは彼は実務のこなせる有能な人材であり、しかも人望がある、という。また金正日がおよそ行きたがらない地方にもよく足をのばし、人民末端の実情にも通じているだけではなく、金王朝のファミリーメンバーであるから高級官僚の組織機構にも太いパイプを持っており官僚たちを動かすチャンネルにも精通しているというから単なるポストに就いているというだけではない"実力派"なのだ。

　これも金正日のおかげと自覚する張成澤はそれこそ忠実に将軍様、義兄のために手足となって活躍している。

　金正日の歓心を得るためにある時、張成澤は海外大使館を舞台に非合法的外貨稼ぎで得た資金で、平壌市内の普通江区域に金正日専用の休憩所を建設した。これで金正日の覚えをさらによくしようとの魂胆であるのは見え見えであったが張成澤はこの工事に精魂をかたむけた。しかも工事期間もスピードアップさせる突貫工事であった。

　ところが竣工テープのカットをするという日の未明に建設工事の建物内部から火の手があがってしまったのだ。

　無理な突貫工事のために疲れ切って寝ていた労働者たちの百人以上が焼死してしまうという大事故となってしまった。

　こんな工事にも懲りずに張成澤は金正日を喜ばせたいがために平壌市内に金正日の豪華別荘を建設しようとの計画続行をたてていた。ところがそれを知った金日成は怒り、そのために新設計画は挫折してしまった。

　だが金正日の血縁側近のNo.１として張成澤の権勢は日の出の勢いであった。もともとが遊びの方も好きであった張成澤は芸術団の美女集団を総上げして側近たちを集めて深夜までパーティーを開き深酒をするようになった。

　こうなると女房の金敬姫は面白いはずはない。金敬姫は「遊びまくる夫は革命精神が希薄になってきている。再教育が必要だ」と金正日に申し入れたという気丈な妻だ。

　金正日は生母を同じくする金敬姫のことは深い肉親愛を注いでおり母親の愛情に縁が薄いことをかわいそうに思っていたので金敬姫の幸せのためには何でもする、との姿勢を張成澤に示していた。有能なやり手として評価し、大切な妹をあげたにもかかわらず張成澤はその負託に応えず、けしからん奴だ、となり金日成、金正日、金敬姫の合意によって張成澤は降仙製鋼所の労働者として'78〜'80年代の初めまで「革命化教育」（強制労働による思想改造、洗脳教育）を受ける破目になってしまった。

　つまり張成澤はこれまで権力中枢部に身を置いたＶＩＰであったのに溶鉱炉の一介の肉体労働者として強制労働に従事させられたのだった。張成澤はロイヤル・ファミリーの一員となったがために、極楽から地獄までのキツーイ焼きを入れられたのであった。

　その後、許されて平壌に呼び戻され「党・青年及び三大革命小組」指導部長に任命されやっとカムバックへの道が拓けた。

<h4>実務家としては有能</h4>

　'88年のソウルオリンピックに対抗して北朝鮮は「世界青年学生祝典」を開催したが、この準備作業の中で平壌市内の建設事業を張成澤は担当している。この時、張成澤は全国から人材や資材を集め、さすがに実務家としての本領を発揮し計画どおりに工事を成功させ、この功労によって「努力英雄」の称号を受け、最高人民会議代議員、党中央委員会候補委員、にものぼりつめている。だが平壌で開かれたこの一大イベントには40億ドルもの莫大な経費を要し、このために'90年代以降の北朝鮮食糧危機の一因にもなったというのだから一般人民を泣かせる独裁政権の見栄っ張りも罪深いものだ。

　これほどまでに金ロイヤルファミリーの重鎮の一人となった張成澤であるが最近の情報によれば妻の金敬姫が俳優の男性と浮気を重ねて張成沢はそれを悩んで占い師に相談したというから頭のあがらないエライ女房を持った夫の苦悩を味わっているようだ。

　'04年４月19日における金正日の"電撃訪中"の直前に一部の韓国マスコミは「失脚したか張成澤」の情報を流していたのが注目される。

　張は労働党組織指導部の金正日に次ぐNo.２の第一副部長であったが張はそのポストを解任されたというのだ。同指導部といえば労働党の中であり最高権力機関の一つである。またある情報によれば、訪中の直前に張は改革開放路線に反発する金正日と対立してしまい金正日は「こんなにオマエが無能な奴とは思わなかった」と怒鳴られたあげく第一副部長のポストを解任されてしまったというのだ。

　金総書記に継ぐ事実上のNo.２とされていた張成澤はいつも金正日の側近として地方視察に随行していたのに'03年の夏頃からその姿がみかけられなくなったのだという。

　確かに'04年４月、金正日の極秘訪中の際にも随行員たちの中に張成澤はいなかった。

　最近の韓国情報によれば、職権の乱用などの容疑で、党から徹底した調査を受け自宅に身柄を軟禁された状態にあるといわれる。

　また一方、偶像崇拝が進む高英姫夫人の息子である二男、金正哲、三男、正雲が近い将来の後継者として浮上しているが２人ともまだ若くそこまで金王朝体制で持つかわかったものではない。

　王朝内部の権力闘争は激化する傾向にある最中の高夫人の死は金正日に手痛い打撃を与えたのは確かで、こうした内憂に加えて、外患は諸外国による核廃棄への圧力と金王朝の体制保証の駆け引き、後継者問題に悩む金正日にとって中国訪問から帰国途中の謎の列車事故は単なる事故ではなく"暗殺未遂"事件だったのではないか、との疑惑も消えてはいない。

　さて、こんな金ロイヤルファミリーNo.２の張成澤の命運をみていこう。

<code>張　成沢　1946年２月６日生まれ（９紫火星年、５黄土星月）離宮傾斜
	丙　戌（辛丁戌）　正　官　　比　肩　　冠　帯
	庚　寅（戌丙甲）　劫　財　　印　綬　　　胎
	辛　亥（戊甲壬）　印　綬　　正　財　　沐　浴
	　　　　　　　　　　　　　　偏　官
	　空亡　寅卯　順８カ月
　　　51才〜61才　丙申　正官　帝旺	　'04　59歳　甲申　正財　帝旺
　　　61才〜71才　丁酉　偏官　建禄	　'05　60歳　乙酉　偏財　建禄
　　　71才〜81才　戊戌　印綬　冠帯	　'06　61歳　丙戌　正官　冠帯
　　　　　　　　　　　　　　　　　	　'07　62歳　丁亥　偏官　沐浴
　　　　　　　　　　　　　　　　　	　'08　63歳　戊子　印綬　長生
　　　　　　　　　　　　　　　　　	　'09　64歳　己丑　偏印　　絶</code>

<h5>●性格</h5>

　楽天的で世話好き、義理人情にも厚い。剛情で負けず嫌い、器用で口八丁手八丁、言いたいことは誰にも遠慮しないでズケズケ言う。自尊心は強く人の言うことに耳を貸さない。

　名誉欲は異常なほど強い、生まれつき政治には関心が深く行政管理能力があり組織運営が巧みである。

　人間的にも沈着であり態度も謙虚、責任感が強く、信用を重んじ几帳面で言行一致の人物。名誉を重んじ面子をとても大切にする。

　辛いことに遭っても決して弱音を吐かないだけの根性の持主。

　理想や大義名分を目標にその実現のために努力していくタイプ。また特徴としては大勢の人たちから尊敬されたり頼りにされたりする星を持つ。上下の人望を得ることができるのが人生における強運の要因となる。

<h5>●金正日との相性</h5>

　金総書記とは、互いに親しみ共に栄えるという絶妙の組み合わせの人間関係にある。

　互いに必要な存在であり、コンビを組むことによって相乗効果をあげることができる。

　だがマズイ一面もある。それは両者が対立し争うような局面に至った時に互いの相性が裏目に働いて摩擦のエネルギーは倍加されて互いのエネルギーを消耗し合う。

　両者の星を比較すると'08年以降は張成澤の方が個人的命運は強いものがあり、将来、場面によっては金正日よりも上位に立つこともあり得る。

<h4>"ポスト金正日"に台頭する男
・今後の運命的傾向</h4>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20081222-01.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081222-01.jpg" width="500" height="280" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>

　'02年、'03年は凶運期がめぐっていた。特に昨年は「総書記の随行員から姿が消えた」といわれているが〈他者との対立によって損害を蒙る、変動年〉の気運にあるだけにその身に何らかのマイナス現象が働いたものと予測される。とりわけ官途にある者は何らかの"挫折"に遭う年である。そしてその原因は前年の'02年に発生したはずだ。

　また張成澤にとっての"運命の年"になるのは'06年であり、この年は〈自分が今までして来たことの集大成ともいうべき結果が現れることになる〉のだ。

　この'06年という年は金正日にとって重大な年となり、さらに北朝鮮の国運からみてもこれまでにない"大変動"を伴う年となることからみて注目すべき年になるはずだ。

　張成澤の個人的命運としては'00年〜'05年までは後半生における最大の危険期となり、その凶作用の影響は'06年〜'11年頃まで続いていくことになるが命運自体はきわめて強運であり、ポスト金正日の注目のキーパーソンとなってくるにちがいない人物であり、またそれだけの運気を所有している。

　韓国に亡命した黄長燁は「金正日体制が崩壊すれば、次の指導者は金正男や金正哲ではなく張成澤が有力だ」と指摘し、張の長兄が首都防衛を務める第三軍団長、次兄も軍団長級であるから軍部への影響力も無視できないものがある。

　また張成澤が現在の強権を振えるのも後ろ盾となっているのは、総書記の金正日以下の９人の書記の中の１人、金中麟が控えているからだ。この人物も既に83歳、もしこの人に何かあると成澤の足元は極めて不安定なものになるという説もある。

　ともあれ'09年から張成澤はNo.2としての存在感はもっと大きなものになるが、それは個人の命運にとっては吉になるか、凶になるか、近未来の北朝鮮を占う要件の１つになり得るが次号でそれを解明しよう。]]></description>
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         <category>金正日・破滅の日</category>
         <pubDate>Tue, 23 Dec 2008 00:52:03 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>＜最高意志＞が機能しない平壌政権中枢部の混乱で難航する後継者擁立</title>
         <description><![CDATA[<h3>＜最高意志＞が機能しない平壌政権中枢部の混乱で難航する後継者擁立<br />......＜健在写真＞乱発の背後事情</h3>
<div style="text-align: right;">陰陽五行道・玄学　形象命理学　水戸弘天</div>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20081114-04.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081114-04.jpg" width="500" height="387" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>

<h4>１．金王朝日没の残照...淡々とした諦観に生きるロイヤルプリンス金正男の孤独</h4>

 『週間現代』11月22日号が「金正男の告白」と題して金正男が10月中旬に訪中して中国医師団の派遣に対する謝意を述べると共に「内密にして欲しい」と言いながら現在の〈後継者問題に揺れる平壌〉についても応対した中国外交部幹部たちに打ち明けている。その発言要旨を含めた同記事によると　（１）８月中旬に確かに父は倒れており、その後も不安定な状態が続いている　（２）父の後継者はいない　（３）ポスト金正日は側近たちの集団指導体制になる　（４）中国のようにわが国も改革・開放の道を辿って欲しいと願っている　（５）今に至っても将軍様から後継者への言及はない（６）10月末に至って金正日は再び倒れている。その時に〈禁足令〉が出た。

　ここで面白いのは、金正男が自分の発言は内密にしてもらいたいと依頼した上で慎重に言葉を選びながら発言しているにもかかわらず、中国はすぐにリークしてしまっていることだ。

　北京では金正男を北京に入れば国賓として特別待遇を与えて取り込んでいるから、その気やすさから話していることをすぐに外部にリークしてしまう北京側の思惑はこれによる平壌政権内部の混乱であろう。いずれにしても一部では後継者の本命といわれる金正男の現下の異常事態の最中にある状況の本人の胸中が語られた中で今後の平壌政権の行く末をみていく上で貴重なデータとなった。既号で〈'03秋 金正日死亡説〉を報じていた同誌と思えぬほどのヒット記事であった。

<h4>２．出てくるのは昔の写真と合成ばかり......もうあきまへん金総書記</h4>

　先月来、平壌から将軍様の元気なお姿の写真が何枚も公表されたが、いずれも背景には青々とした緑が繁っていていかにも季節は春から夏へかけてのものばかりなのは一目で判別できる。そんな倒れる以前の写真で今の健在ぶりを主張する根拠としようというのだから苦肉の策とはいえ、担当者たちも間抜けな話だ。

　各国メディアからそれらを指摘されるや11月初めに相次いで出してきたのは人民軍サッカーチームの試合を観戦するやけににこやかな将軍様の写真だ。だがその中で将軍様の左腕には何らかの障害が残っているのが読み取れた。そんなことを払拭するためか次に出てきたのは軍部隊を訪問し兵士たちと共に撮影したものだ。また左腕の後遺症を指摘されたためだろう、次には拍手をしている動画を発表----海外の反応を見ながらそれを早速打ち消すために間髪入れずに反証を出してくるところに平壌当局の焦りと逼迫したただならぬ異常事態を感じ取ることが出来る。

　さて、そこで例によって易理による将軍様の容態の現状を問うてみることにした。そこでの得卦は〈 澤山咸  上爻 〉というものだった。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20081114-01.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081114-01.jpg" width="300" height="210" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>

　ここで示している「咸」というのは「感ずる」、つまり人体の五官の働きを示すもので、上爻、つまりテッペンであるから頭頂を示しており、その働きが欠けている。だから五官の作用が正常ではなく、意識混濁やひどい場合には意識不明をも意味する。またこの〈澤山咸  上爻〉には「その輔頬舌（ほきゅうぜつ）に感ず」とあり、口舌、つまり口の働きを説いているが、これが欠落しているのだから〈言語作用に障害あり〉ということで、会話もままならない言語障害の状況にあることをも示している。

　また澤山咸は以前に出た澤風大過の卦同様に棺廓、つまりカンオケの象でもあり〈三途の川の渡し場〉への将軍様の行進は歩みを停める兆しは全くないどころかその歩みを速めるばかりだ。

　しかも変じて〈天山遯〉となるが、この卦は陽が減少していき陰が変じていく象を示している。これは容態を示す卦としては生命力が時を迫って減少していく衰弱を示すから、これまた不吉な卦にほかならない。平壌政権がやたら執拗に将軍様の健在ぶりを意地になって古い写真や合成写真まで持ちだして誇示しなくてはならないのもその容態は予断を許さないほどの危機に陥っているからにほかならない。

　11月初めに公表してきた写真は、いずれも'06年か'05年頃に撮影されたものばかりだ。'07年10月に訪朝した韓国のノムヒョン大統領との会見における写真は前号でも紹介したように憔悴しきった表情でホオはこけ肩の肉も落ち、腹ばかりが肥えていかにも辛そうな風貌であり、このところ相次いで発表された写真類はいずれもまだ元気だった頃のものばかりである。永年の"将軍様ファン"の眼にはすぐ判ってしまうのである。

　後継者を決定した後に将軍様の〈Ｘデー〉を迎えることにしたいのだろうが、その後継者選びの前提条件が整備されておらず難航しているための時間稼ぎで、将軍様の健康不安を今認めるわけにはいかないのだ。健在をどこまでも主張しなければならない理由はそこにある。

<h4>３．個人的命運から検証する後継者本命〈金正男研究〉</h4>

　本誌は一般の〈北朝鮮ウオッチャー〉とは全く違った〈異次元よりの分析〉が売り物であるので、次にロイヤル・プリンス金正男の命運分析といこう。

　この分析については拙著『金正日・破滅の日』の内容をここに紹介することにする。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20081114-02.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081114-02.jpg" width="480" height="513" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20081114-03.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081114-03.jpg" width="133" height="175" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span> 「性格は内剛外柔型であり、どこか脆弱さが隠されているような柔和で控え目な態度と姿勢の人柄。義理、人情には厚い律儀な性格。社会を見る眼もファミリー内部の秩序についても封建的な色彩が濃厚である。それだけに組織内部では几帳面で気難しい性質を持っているだけに、父・金正日から受け継ぐものを持つとすれば改革はあり得ずそのままの形を踏襲していくだけの性向となろう

　もし周囲の環境が紛争的な状況となっても決して攻勢側に立つことはなく、まず自己の立脚する安全圏を確保し、地歩を固めた中で手堅く生きる足場を守ろうとする。

　また一面では抒情的でどちらかといえば女性的なソフトな感受性を持ち、狭くて深い人情的な交際の中に独自の人生の意義を感じていく、といったタイプである。」

　成田に降り立った風体はまるで山谷や釜ヶ崎の"手配師"のような雰囲気であったが、実際は実務能力のある男で数カ国語に通じ頭脳は良い。カラオケが好きで日本のシンガーでは長渕剛が大好きで興が乗ると長渕の曲を30曲もメドレーで歌い続けるという。

　若い頃は平壌の高級ホテルのクラブ内で気に入らないことがあると拳銃をぶっ放したという粗暴な振る舞いもあったというが、その本性は剛よりも柔、硬よりも軟を選ぶことを本領としているだけに、とても乱世に覇を唱えていくような人物でないのは確かだ。攻めよりも守りの人物だ。

　人をそらさない気遣いと雰囲気が何よりも処世の武器といった風であるから、どうしてもそのイメージはトップに立つよりもスタッフの人格だろう。権力の座を自ら奪取していくというタイプではない。平和的状況の中での禅譲しか期待していない。
 「人を見抜くカンの働きもあるが、情緒的な期待過剰や他への依頼心が強く、万事に楽観的になりやすいのが弱点となる。

　他の人間的特徴としては性欲がきわめて旺盛であり、無類の女好きというところは親父譲りといえそうだ。」

　金日正との相性　では正男が父・金正日の地位権力をスンナリと継承できるものだろうか。その判断材料の１つとして、この親子の相性がどうなっているかも参考となる。つまり円満な後継者としての引き継ぎが可能なら両者の運気は互いに助け合い支え合っているからだ。

　そこで、この父子の関係を星の示すところから判断すると〈少しも補い助け合う要素がない〉のである。

　こうしてみるとやはりもっとハッキリ言えば父親の力とはなり難いのである。さらに致命的なのは正男は〈金ファミリー〉を"破壊"する星を持っていることだ。金王朝最後の帝王となる宿命を持っている。

　近未来における金正男の個人的運命というものは'07年から非常に厳しい状況に暗転する波乱状況の中に身を置くハメになる。一時的にはトップに就くがこれはおそらく金王朝の崩壊と関連してくるものと考えてよいだろう。

<h4>４．金正男、今後の運命傾向</h4>

 「非常に運気荒く起伏波乱の人生を送るという兆が見えている。それは ㈰自己主張の強さのためにせっかくまとまりかけていたものを自ら破壊してしまうことが多く、また周囲や他人から妨害される場面が多い。㈪そのために九分どおり首尾よくいきそうに見えるが最後の一分で破綻してしまう。中途破綻型の運命パターンだ。」
 「また別な視点からみると〈生まれながらの宿命的な運命としての特徴をいえば"相続縁"が弱い〉という点も注目すべきだろう。

　また家庭運にも弱いものがある。つまり父祖から受ける恩恵を否定する星が出ているためにせっかく父祖が築き上げたものはあってもそれを掌握継承できないという宿命傾向が見えるのだ。」

　また姓名からみても総画数20画は「孤独溥運数、中途挫折の暗示する数」である。凶名である。

　しかし'09年から運気向上となっているので、一躍世表に浮上することになる。おそらく次期政権の要職に就くのは確実であるが、これは短期間に終わり結局は〈祖業は継げず〉の宿命の示すとおりになるのだ。

　この点については彼の後見人である張成澤の命運とも深く関わってくるので次号で次期政権人事構造について論ずる時にその中でふれることにしたい。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="book.gif" src="http://www.h-mito.com/contents/images/book.gif" width="560" height="250" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>]]></description>
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         <category>金正日・破滅の日</category>
         <pubDate>Fri, 14 Nov 2008 15:39:34 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>将軍様がいよいよ迎える運命の&quot;３カ月間&quot;来る11月、12月、１月中に＜Ｘデー勃発＞の根拠</title>
         <description><![CDATA[<div style="text-align: right;">陰陽五行道・玄学　形象命理学　水戸弘天</div>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.h-mito.com/contents/images/book-L.jpg" class="lightwindow" title="「金正日 破滅の日 朝鮮半島2008年の衝撃」"><img src="http://www.h-mito.com/contents/images/book.gif" width="560" height="250" border="0" /></a></span>

<h4>１．もうすぐ訪れる平壌衝撃の厳冬</h4>

　前号で「将軍様の容態は決して楽観を許さずこの先３、４カ月以内にも〈Ｘデー〉はあり得る」と書いたところ、何人かの読者から「それは本当か、その根拠は？　さらにもっと具体的に絞り込めないのか」という問い合わせがあったので、要望に応えるべくさらにその点についての究明を進めることにした。

　このような人様の〈Ｘデー〉を結論づけるようなことは本来は人道上の問題があるが、この人物の去就が日本人拉致被害者の運命にも関わってくること多大なので敢えて慎重な分析を試みることにした。

　これまで誌面では主に「四柱推命」による分析を公表してきているが、これは表面上のことであり、実際にはそれだけでなく内面では裏技として各種占法を駆使した上での結論なのである。

　合気道の開祖、植芝盛平師は「手の内あっぱれ」といって〈兵法は決して手の内を見せてはならない〉と言っておられた。指１本の動作によって技は千変万化する。だから手の内を見せてはならぬ。兵法とはそういうものだと言うのだ。

　運命学の分野でも「奇門遁甲」ならば戦いに勝利を得るための攻守戦術における戦機をとらえる兵法の１つとなる。だから解明の手法の詳細は省くことにする。

<h4>２．三点観測の確率は高い</h4>

●視点〈その１〉　四柱推命に依る解明法

　命造式　1942年２月16日生（男性）

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20081023-01.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081023-01.jpg" width="500" height="366" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>

　上記の如く、'04年から五気のバランスは水勢太過となり火性の循環器系は攻身されてトラブルを起こすのは必至であり、'04年から持病は悪化し始めたのである。それらはまだ'04、'05、'06年と〈金旺〉の時代であったのが、この３カ年を過ぎて'07、'08、'09年の３カ年いよいよ水旺の期間に入ると持病は深刻な悪化の度合いを深めるに至る。

　ではこの〈危険期〉３カ年の中でもさらに絞って〈Ｘデー〉となる可能性がある年はといえば、それは'08年〈戊子年〉となる。図示の如く年支の〈子〉はさらに水勢を強める結果となる。しかも本命の４緑木星は東北の〈変化変動〉の座に回座する。

　さらに、この危機期中の"危険年"の中における"危険月"を絞っていくことにする。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20081023-02.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081023-02.jpg" width="500" height="299" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>

　こうしてみると、年間における危険期は前号でも指摘したとおり11月、12月、１月の３カ月である。なかでも12月（子月）は年支の〈子〉に加勢してさらに水性を増強させるから、この年間中最凶運期の周期月となる。この３カ月間というものは全く危険な月で、特に危険なのは12月であると指摘できるのである。

<h4>３．'09年の春は迎えられない将軍様</h4>

●視点〈その２〉　ＹＭ波動（太陽黒点増減に起因する理論）

　金正日　ＸデーのＹＭＤ・月波動（西宮史朗氏制作）

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20081023-03.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081023-03.jpg" width="500" height="140" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>

　この波動図によると、'08年は３月の春先から運気は極端な低落を始め、４月、５月にボトムとなっていることから、今春、将軍様は体調を大きく崩す現象があり一旦は危機を脱したことがあったはずだ。こうして７月頃には少し持ち直すかに見えたが、８月から徐々に低落基調となっていく。いうまでもなく８月14日に心筋梗塞あるいは脳卒中を起こして倒れたと伝えられているとおりだ。

　さてこれで将軍様の入院してからの容態について平壌から発せられるものは何もなく、昔の写真ばかり出して健在の主張に躍起となっているのを見ても決して芳しい方向を辿っていないことは容易に推測できるのだ。

　このＹＭＤ波動によると、入院してから体調は少しも回復を見せることなく生命力は低落の一途となり'09年１月〜２月にかけて最低に達する。

　なおこれについてはもしボトムが１月中旬として誤差を±１カ月をみる必要があるので12月中旬から'09年２月中旬までがＸデーとなる危険期となるのだ。

　東洋系陰陽五行説とは全く原理理論構成を異にするＹＭＤ波動を活用した著作として『日がまた昇る--日本経済復活の証明』（総合法令出版：西宮史朗、水戸弘天共著で'00年に出版）があり、〈陰陽五行とＹＭＤ波動〉の合作による分析の的中確率は80％以上に及ぶとの実証がある。この両占法が共に11月〜１月の期間で最凶危険期との結論が一致したのは注目に値するのだ。

●視点〈その３〉　易占による解明法

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20081023-04.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081023-04.jpg" width="300" height="189" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>　この点については本誌９月19日号で少しふれているが、この卦から〈Ｘデー〉をさらに活断してみよう。１つの易卦は多角的分析が可能なのだ。

　将軍様の当面の運気全般を易占して得た卦は〈火山旅４爻〉であった。この卦の意味するところを集約すると次のようになる。

　（１）病状の場合をいえば変化起伏の多い症状で不安定な容態にあり、時には危篤に陥ることもあるほど状態は最悪である。（２）変卦は「艮為山」となることからみて、ポスト解任、その重責には耐えられなくなる。（３）棺廓つまり棺オケの象意さえ読みとれる不吉な卦が出ているのは、いずれも死期を知らせる象意である。（４）「旅」の卦は〈霊界への旅立ち〉をも意味することがある。また４爻なので立卦時の８月から数えて９月、10月、11月、12月と４カ月目の12月が危機月となることを示している。

　以上のように得卦はいずれも将軍様の最期を象徴するものばかりの不吉なイメージが漂っている。この「旅」は時に「亡命」の旅立ちを意味することもあると前に書いたが、しかしこれは今や亡命する余裕もないくらいに容態は切迫したものとなっているので、亡命はあり得ない。

　でも、ルーマニアのチャウシェスク、あるいはイラクのフセインのように銃殺とか絞首刑にもならず畳の上、いや病院のベッドで死ねるとはこれまでやってきた非人道的悪業の数々を考えれば金正日は幸せな男である。

　いくつかのテロ事件を手掛け2,000万人の人民をスターリン仕込みの恐怖政治の下に支配し、強制収容所に数十万人の人々をブチ込み家畜のように扱い飢餓者まで出す悪政、暴政を敷き何度か暗殺を切り抜けいわゆる畳の上で死ねない男にしては恵まれたエンディングだといえよう。

　平壌郊外にある将軍様の宮殿である15号官邸には常時500人もの護衛隊が詰めて厳重に警護されているが、今や迫り来る「旅立ち」は"三途の河の渡し場"へ向かっての無明への旅であり、護衛兵、最強軍備を誇る士気盛んな人民軍の精強部隊を引き連れることもなく、身に寸鉄も帯びずたった１人の寂しい旅となる。

　もし意識のある時ならその時初めて独裁者として意の如くならずおよそこの世で不可能なことは何一つない自分であったのに、自分の五体の動きさえも自由にならぬ自分の姿に初めて世の無常を感ずることになるだろう。

　同時にこれまで現世で行ってきた「宿業」の深さのために死の恐怖をタップリと味わうことにもなる。前非を悔いるなんて神妙な意識になるかは別として、独裁者亡き後、日本の拉致被害者たちの救出に好ましい状況が開けるとすれば将軍様の死は功徳となることを期待したいものだ。

　以上のように「３点観測」からの結論は極めて確率が高いのである。

　〈12月中旬を中心に±１カ月の期間がＸデーとなる〉そして死亡直前に元首の交替があるだろうから、前号に指摘した'08〜'09年にかけての政権異変は実現するのだ。

　次期政権はいかなる性格の政権になるかが問題であるが、北京政府の意向を受けた改革開放路線を目指すものになるなら拉致問題での進展は期待できる状況となるだろう。

　次号は金正日後の後継者、次期政権の性格についての解明を進めることにしたい。]]></description>
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         <category>金正日・破滅の日</category>
         <pubDate>Thu, 23 Oct 2008 14:25:50 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>&quot;昔の写真で出ています......&quot;</title>
         <description><![CDATA[<h3>元気印を吹きまくるしかない困惑する平壌政権<br />どこまで持つか将軍様の＜病室統治＞</h3>
<div style="text-align: right;">陰陽五行道・玄学　形象命理学　水戸弘天</div>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="いずれも2006年頃の写真と思われる。前号の2007年のものと較べるとその違いは一目瞭然だ。" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081015-01.jpg" width="500" height="320" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>

<h4>１．軍事パレード直前のドタキャン</h4>

　平壌の将軍様の容態についてはさまざまな情報が飛び交っているが、未だに真相がつかめない。肝心の平壌からの確たる発表がないからだ。つい最近も「サッカーの試合を元気に観戦していた」とか「今年の真冬も真夏も国内各地を4,000kmに及ぶ長距離を歴訪して回った」といった情報を流し、いかにも〈それほどの体力の持ち主。今も健在だ。〉と言わんばかりの宣伝に躍起となっている。それほどに〈将軍様は異常なし〉のメッセージを発信し続けなければならないところに異常事態発生の深刻さと平壌ファミリー政権の混乱ぶりが現れている。

　今回の異変の発端は、平壌での「建国60周年記念行事」への将軍様欠席がきっかけであった。

　だがその"異変"は既にこの春先から始まっていたという。以下は本誌が得た最近の〈平壌情報〉----。
 「今年に入ってから将軍様の健康は一段と不調となり、春頃になると周囲から見た目でもその悪化ぶりは明らかになっていた」という。

　その実情が対外的に明らかとなってしまったのは、６月17日になって中国の習近平国家副主席が平壌入りをして将軍様に対面したその時であった。習副主席と面談するのも辛そうな様子で、挨拶もそこそこに共に並んでの記念撮影だけ済ませるとその場から退出してしまった。その後は義弟の張成澤が代わって習副主席ら訪朝団との会談にあたったのであった。

　中国の訪朝団の目的は、８月に開催されるオリンピックの件が主たるテーマであった。それはオリンピック開催セレモニーに将軍様の参列出席のための訪中を要請したのであった。

　そこで米ブッシュ大統領と堅い握手をさせ、その両者の握手を胡錦濤国家主席が両手でそれを覆う----。この場面を演出すれば北東アジアの平和を象徴する一大ページェントとなるはずで、それこそノーベル平和賞ものだ。この件は日本でも一部メディアで伝えられたが、実際にその構想は実在したのであった。中国側にとってその演出が成功すればそのメリットは大きい。

　これを機会に米朝和解を成功させた中国としては国家イメージアップに絶大なアピール効果があるだろう。世界平和の祭典の主催国でありながらもチベット争乱問題は世界中の批判を浴びたがそれを払拭するためにも北京としては何としても将軍様を登場させたかったのである。しかし中国訪朝団は将軍様の体調の悪化を見て訪中はとても困難とだと判断し、世紀の〈ブッシュ・金正日〉の握手は実現しなかったのであった。

　そこで中国はあらためて将軍様の健康状態を確認することが出来たのであった。

　またその会談を通して北京側が確認したことはもう１つ、「張成澤への将軍様の信頼ぶりであったという」。

　張成澤・党中央委員会行政部長は'05年に左遷されて失脚したといわれていたが、２年を経て'07年の秋に司法・治安部門を統括する要職に昇進し復活を果たした。同氏について『金正日・破滅の日』の中では「後継者候補の中では最も今後の運命が良好に見える張成澤は、金正日の凋落とともに近い将来復活してくる可能性がある」とあり、その通りになり今夏さらに昇進、要職についたと伝えられている。また金正男の命運も'09年さらに良好となるところからみて、張成澤と共に金ファミリーの親中派としてその重みを増してくるのは確実だ。この後継者問題については次号で検証していこう。

　先年の張氏の失脚についての理由としては、'04年に党内に派閥を作る動きを見せたことが将軍様の逆鱗に触れたのが原因とされているが〈平壌情報〉に依るとそれは少し違う。

<h4>２．復権した張成澤の今後</h4>

「'04年頃に訪中した折に張成澤は米ＣＩＡの要員と接触した。それ自体は問題ではないのだが、その際における報告をキチンと正確に将軍様に果たさなかった事が将軍様の逆鱗に触れたのであった。

　それはＣＩＡ要員が〈ポスト金正日について後継者の用意はあるのか？〉との問いに対して〈それはまだ早い。また仮定の問題には答えられない〉と応じたのだが、その問答を張は話しづらい事だったので将軍様には報告しなかったのだ。しかし同席者の口からその話が伝えられた将軍様は〈なぜ正直に全てを報告しなかったのか〉と不信感を抱かせたために叱責を受けたのが真相であった」という。張成澤の個人的命運をみても'07年後半から復権して良好な運命となったが、'08年にはさらに存在感を増し、いまその勢いはこの先３〜４年間にわたって低落することはない。

　現在、平壌政権中枢部は将軍様の秘書室が中心となっている〈病室統治〉であり、ここに出入りできるのは第４夫人といわれる金玉女史と張成澤の２人だけであり、将軍様の伝言や指令を仲介する役割やまた重要なのは今はリヒテンシュタインにある〈将軍様ファミリー金庫〉の海外裏資金や各国への武器輸出ビジネスの管理を両人が分担して担当しているそうだ。

　将軍様の容態の実情についてが注目の焦点であるが、それにまつわる情報としてはピンからキリで、重体説では四肢マヒや顔面マヒで話せない寝たきりというのから会話も自由で歩行も不自由ないという説までさまざまな情報が伝えられている。

　しかし本誌で得た〈平壌情報〉では将軍様の病状は決して軽度のものではない、というこんな情報がある。

　去る９月９日の〈建国60周年〉には金日成広場を埋める見事な歩調の軍隊大行進をバルコニーから閲兵する将軍様の雄姿が見られるはずであったのが、ついにその姿が見えなかったところから〈金正日健康不安〉が現実のものとなったわけだ。しかしこの注目の軍事パレードは直前まで側近たちは将軍様をバルコニーの要人たちの中央に起たせる試みを行っていたというのだ。
〈平壌情報筋〉はこんなふうに語る。

<h4>３．ついに起てなかった将軍様</h4>

「将軍様の秘書室ではパレード直前までバルコニーに登場するという意向を主張する本人のために周囲はとまどっていた。健在を演ずるために車椅子でバルコニー上から手だけ振るという形だけつけようとするが、かえって病体を晒すようなものだ。との判断となり、将軍様はついに起ち上がれず登壇できなかったのである。だから金日成広場に出場するべく正規軍はミサイル、戦車、大砲などと共に兵士なども隊列を整えて金日成広場にいつでも出場できるように近くにある軍用飛行場で待機していたのであった。だから正規軍が出なかったのは軍部が反発し、軍部の内部抗争が存在するのであるとの説は誤りであり、将軍様が出席しないから軍隊パレードは出場のチャンスを失われただけである。

　バルコニーに並んだ要人の中で金永南・最高人民会議常任委員長は何度も背後を気にして振り返る姿が映像に残っている。これは将軍様が出席との意向も流れていたためだ」

　およそ将軍様の容態に関する情報でアテにならないのは韓国情報であり、平壌を刺激しないように気を遣っているものであり、最近も「その病状は快方に向かっている」と伝えている。「アメリカが把握している将軍様が入院している火峰診療所に人の出入りもなく平静である」というのを根拠とするものである。アメリカの軍事衛星で捉えた状況であろうが、人の出入りがなく静かだからといって"快方に向かっている"となぜ言えるのか。急変悪化がなく小康状態を保っているのであってこれを以て"快方に向かっている"というのは将軍様について腫れ物に触るような臆病風に吹かれている韓国側の好意的解釈に過ぎないだろう。

　次にその病状について異次元よりの分析を加えてみよう。

<h5>命造式</h5>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="shiki.gif" src="http://www.h-mito.com/contents/images/shiki.gif" width="500" height="504" class="mt-image-none" style="" /></span>

　将軍様の病状は今年は火旺となる夏季と水旺となる冬季が〈危険期〉となるので、夏季は先頃の循環器系のトラブルに明らかであり、次に危ないのは11月、12月、１月の期間となる。初めに示した易経にいう「艮為山」の卦が物語っているように〈山また山また〉であるから「一進一退」の危機が何回にもわたって見舞われる病状なのだ。突然コロリとはならない。

　この将軍様の"異変"についてはもう既に下々の人民にまで知れ渡っているから、全ての諸悪の根元は将軍様であるという共通認識はとうに出来上がっているからこの先これまでになかった不測の事態も発生する可能性がある。目を離せない平壌情勢である。

<h4>４．"病室政権"の限界は近い</h4>

　平壌政権中枢部の〈最高意志〉が"寝たきり老人"から発せられている異常事態が長く続くはずがない。しかも今となってはそれも本当に本人から発せられているかも定かではない。

　去年６月に訪朝した中国の習国家副主席の一行は、将軍様の体調のただならぬ状況を見てとって、張成澤に今後の危機管理についての打ち合わせをしたという。張成澤はその後、６、７回にわたって訪中している。いずれもポスト金正日に関わるテーマが主体だったといわれている。この辺の事情を見てもいかに北京が平壌政権の存立に深く関わっているかということが分かろう。

　金正日という独裁者の生死は、半島の現状を大きく変えるだけでなく、地域の安定、周辺諸国の安定や戦略的均衡にも大きな影響を与えているのだ。

　中国にとっては、北朝鮮に急激な民主体制が生まれることは好ましいことではない。かといってこれまでのようなナチズムよりもスターリン主義よりも強固でラジカルな主体思想による先軍体制もまた半島での戦火を嫌う中国としては忌まわしい存在でしかない。北京政府と張成澤はじめとする"病室政権"との討議は整い次期政権の確立に向かって"平壌異変"は静かに進んでいるのは確かだ。次号では注目の〈次期政権〉について解明を進めていこう。]]></description>
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         <category>金正日・破滅の日</category>
         <pubDate>Thu, 16 Oct 2008 10:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>＜金正日死亡説＞  を嗤う！</title>
         <description><![CDATA[<h3>将軍様はまだ生きている、これだけの根拠</h3>
<div style="text-align: right;">陰陽五行道・玄学　形象命理学　水戸弘天</div>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20081001-05.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081001-05.jpg" width="200" height="268" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>

<h4>１．心筋梗塞から脳卒中</h4>

　倒れた将軍様の容態の真相をめぐって各国からのさまざまな情報が飛び交うが、平壌から発せられるものは何もない。これはそれだけ事態は深刻だということにほかならない。

　ここへきて将軍様が倒れた原因についての情報が明らかになっている。

　それは最愛の息子、３男の正雲が交通事故に遭い重体に陥り変わり果てた息子の惨状を目の当たりにした将軍様は心筋梗塞のために卒倒してしまったというのである。何十万人もの意に添わぬ人民を無造作に強制収容所に放り込み、眉一つ動かさず人を殺す男が、自分の溺愛する息子が瀕死となっているのを見て卒倒するとは、やはり血の通った人の子と見るか、なんというエゴイストと見るか----。

　ともあれ、このアクシデントが真相だとすると将軍様の死亡説、現在のはダミー説は色あせたものとなってくるが、ここでは異次元からの分析によって金正日はまだ生きていることを検証してみよう。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="これも影武者というのか？" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081001-01.jpg" width="200" height="127" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>　この〈死亡説〉によると、'03年の秋に死去しているはずだということになる。すると、'04年４月に訪朝した小泉首相はいうところの"影武者"と会っていたことになる。この時における両者の写真を見ると以前の金正日とは全く変わらないことが一見して判明する。<br clear="all" />

<h4>２．まず耳を見よう【影武者判別法】</h4>

　およそ人間の顔貌で整形手術できない個所が１つある。それは〈耳〉である。〈観相学〉では〈耳〉を重要視する。耳の大小は脳髄の大きさに比例するといわれ、警戒心、注意力と知能の発達を表すものとされている。

　耳の形状は一生涯一定不変だ。〈耳〉は目や口と違い、人間の意志によって変化させることができないからだ。だから耳には人間の持って生まれた素質が最もよく表れるのだ。

　だから耳は両親からの遺伝をそのまま表現している部分なのだ。男性で耳が大きい人は知能がよく発達し注意深い行動をするので社会的に成功する人が多く、反対に耳が小さい人は良くいえば勇敢、悪くいえば猪突猛進でそそっかしい軽率な人が多いといわれている。

　また〈耳〉についての観察の方法を述べてみよう。それは４つの部分に分けられる。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="耳についての観察" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081001-02.jpg" width="120" height="173" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>　上輪（天輪）：耳の最も上部であり、その人の人間性と知性とを表す。この部分がよく発達し整っている人は理知的で高尚、優雅な人である。しかし精神的に偏りがちで実社会では少々実践的手腕が不足するという面がある。

　中輪（人輪）：耳の中央の外側部分で、その人の意志力、自衛心の強弱を表す。この部分が発達している人は勇猛、果断、剛毅で実行力に富む。だから少々、猪突猛進の面がありがちである。

　下輪（地輪）：耳の下の部分で、その人の感情、特に愛情面を表す。この部分がよく発達している人は、家族への愛情も豊かで統制力もある。しかし時に怠け心が出やすく１つの事に専念する熱意や決断力に少々欠けるの難。

　廓：耳の輪は社会、世間を表している。だから廓が輪に包まれている形は社会や周囲の環境から守られる様を示している。

　一般的な廓には社会や世間の波に巧みに乗り、運気も次第に開けていくという意味がある。

　輪の外に出っ張っている廓は内部から外部に出ていく傾向を示し、自我が旺盛で積極的なのは良いが時に排他的、利己的になりやすい面がある。また家業を相続しないという意味もあるので、もし次男ならば廓が出ている方がよい。ハッキリしない廓は消極性を示すので優柔不断なところがあり、臆病で用心深いため大失敗はしないが小成に甘んずる方が無難である。

　さらに〈耳〉の形状は栄養質型、筋骨質型、心性質型の３つに大別できる。

　栄養質型の耳：この耳は全体的に肉付きが厚く豊かで全体に丸みがあり耳たぶが豊満に発達しているのが特徴。外輪が特に大きく廓を包んでいて全体がふっくらしている。この耳の人は愛情が豊かで気持ちが温和で交際が円満だが、やや決断力に欠ける面がある。

　筋骨質型の耳：この耳は中輪と廓が発達し、外輪より外に突き出している。この耳の人は自信満々も野心家で意志が非常に強く、活動力、行動力も旺盛である。しかし反面、我が強く時に謙虚さを欠きやすく周囲との争い事が絶えない傾向がある。しかし独立起業家、企業家として成功する相といえる。

　心性質型の耳：これは上輪が特に発達しており下輪が小さい。この耳の人は一般的に感覚が繊細で理知的で主に感性、知性が優れているので知的労働を主体とする自営業、芸術、学術的専門家などが適職となる。耳の大きい人はとかく押しが強く、金銭にかけては積極的でSEXにかけても強い人が多い。ついでにいえば、遺伝的なものが出る部分であり、子どもの耳はその父親と同一形態を持つものだ。だから不倫の末に生まれた子どもは一見して判別できる個所でもあり、人の耳が気になって仕方なくなってくるので、本稿では〈金正日の耳〉だけにとどめておきたい。金正日の耳は栄養質型のタップリしたもので、さすが父祖の遺産を受け継いだことを示している。

<h4>３．将軍様のお耳はウソつかない</h4>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="耳の比較" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081001-03.jpg" width="450" height="100" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>　これまでの〈将軍様の耳〉だけの写真を集めてみたが、大ぶりの栄養型の耳であることがよくわかる。前に述べたように〈耳〉だけは整形手術がきかないのである。顔貌は多少変えられても〈耳〉だけは人工での改造が不可能なのだ。

　だから将軍様が地方の軍施設を訪問したり工場を視察したりの場面では初めて見る影武者で済ませる場合も可能であったろう。それでもアップの写真はないはずだ。

　それが外国の要人などテーブルをはさんで対談をしたりする場合、話す内容や態度など最高指導者としての貫禄までも本物と寸分違わぬだけの雰囲気を醸し出すことができようか----。

　現に韓国の要人は昨年もその前年の'06年にも平壌を訪れ将軍様と膝突き合わせた面談をしてきている事実がある。その人物と親しいソウル某大学教授はこんなふうに言う。

 「私が会ってきたのは紛れもなく総書記その人であった。見た目ソックリさんがいるとしても口を開けば本物かどうかはすぐ分かってしまう。影武者はいるとしても出てくる場面は限られているはずで、海外の要人との対談場面には出さないはずだろう。韓国では日本でいわれている"死亡説""影武者存命説"などは問題にされていません。どうも日本は面白おかしくジャーナリスティックにこの種の話をしたがる。でも金正日の死んだ時には全てが分かります」

　これで「観相学」から観た〈耳〉による考究はこれで終わるとして次の〈星の動き〉から〈死亡説〉を検証していこう。〈死亡説〉が主張する前年の'02年からみていくことにする。

<h4>４．本当のＸデーはこれからだ</h4>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="四柱推命　命造式" src="http://www.h-mito.com/contents/images/20081001-04.jpg" width="285" height="362" class="mt-image-none" style="" /></span>

　将軍様の命運は確かに'02年〜'06年の期間という周期は大きな変動運に見舞われる決断を迫られる心中の苦労の絶え間なく、自分自身を試されるような環境の中に身を置くような状況となる。しかし肝心の健康運はさほど危険が差し迫っているほどではない。死亡するような星の動きは見られない。ところが'07年〜'11年の周期となると状況はガラリと一変する。心臓循環機能と腎臓泌尿器機能の悪化はダブルスパークとなって危険な相乗効果をその肉体機能に及ぼし始めるのは以前から指摘しているところだ。だから結論をいえば〈死亡説〉はガセネタにすぎないのである。ここ３、４年以内にＸデーは起こり得る。]]></description>
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         <category>金正日・破滅の日</category>
         <pubDate>Wed, 01 Oct 2008 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>金正日・再起不能！</title>
         <description><![CDATA[<h3>星と易理が告げる将軍様のこれから先<br />
金王朝溶解への序曲</h3>
<div style="text-align: right;">陰陽五行道・玄学　形象命理学　水戸弘天</div>
<div align="center"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.h-mito.com/contents/images/book-L.jpg" class="lightwindow" title="「金正日 破滅の日 朝鮮半島2008年の衝撃」"><img alt="" src="http://www.h-mito.com/contents/images/book.gif" class="mt-image-center" style="margin: 0pt auto 20px; text-align: center; display: block;" width="560" height="250" border="0" /></a></span></div>

<h4>１．ついに到来した〈運命の年〉</h4>

将軍様の病状については思惑や謀略を根底にした情報操作による各種海外情報がもたらされているが、本誌はそれらの情報を参考にせず純粋に異次元原理に根拠をおいた分析に徹したい。

'04年に出版された『金正日・破滅の日』。その中で朝鮮半島が〈衝撃の年〉になるのは「'08年である」として、それは金正日の健康面が原因であるとし次のように予測している。

「金正日の運気は'97年、56歳頃から〈水性〉が一段と加勢し強化されてくるようになり、金正日の生命エネルギーを構成している〈火性〉はこの水によって減火されるから心臓疾患に悩まされるようになったはずである。

しかもその傾向は60歳以降も続き、その期間の中でも特に'04年、'05年、'06年の３カ年は危険な症状となろう。またこの傾向はさらに悪化の度を加え'06年以降３カ年も続いていくことになるから厄介なのだ。

とりわけ〈'06年　丙戌　偏官　衰〉の年は水性は一層強化され、一方では火性も増加され〈水火激戦〉の様相となってくる。

この年に続く'07年、'08年も〈水性太過（水の作用が多すぎてバランスが崩れる）〉で病状は深刻なものとなる。

北朝鮮においては不可能なことは何一つないオールマイティの神の如き存在の独裁者も'06年以降の３カ年は肉体的にも人生そのものが後半生における最大の危険期間に突入する運命となるのだ」（『金正日・破滅の日』p.69〜p.70より）

特に〈運命の年〉'08年については次のように記している。

「'08年　戌子　偏印　死　十二運にはイメージの悪い〈死〉の星がめぐっているように、一大凶運の年となる。家督を破るか、突然降りかかる災難、困難に直面するようになる。

ここにいう〈家督を破る〉とは文字通り〈相続〉〈継承〉の断絶を意味するもので、〈金王朝の継承は不可能となる〉ことが明らかになるであろう。

とかく周囲の人との生別、死別などが多くなり〈離別運〉が主体となる年である。

諸事反転すること多く、苦しいことのみ次々と起こる年。持病も好転せずさらに悪化する兆」
「しかもこの年、肉体的には外的に傷害を受ける恐れもある。これは必ずしも不慮の不祥事を意味するばかりではなく、〈外科手術を受ける〉ことも含まれている。また一方では資産の損失あるいは身体的な災害の発生など、これまでの日常生活を大きく激変させるような不安な状況に陥るのだから、ただ事では済まない年となるにちがいない」

'04年に発行された同書の予測は現在まさに的中しているといえよう。

<h3>2007年〜2011年は"平壌異変"の最凶運の時間帯</h3>

さらに今となって付け加えるなら'07年〜'11年にかけての期間というものは〈生命、健康運に関する面〉で〈最凶運〉の期間となる。

この５年間というものは将軍様のこれまでの人生そのものの本質が根本より問いただされ、自分を取り巻く環境がガラリと一変するのだ。

その結果、運強くこの５年間をどうにか切り抜けたとしても'11年〜'12年にかけて健康運は後半生における"最凶"の〈大変動の年〉を迎えることになる。

さてそこで気になるのは将軍様の権力保持、統括能力の実情であるが、この分野を検証していくには権力掌握の時点を特定し、その時間質のエネルギーの消長を検証していく----。

それには後継者として初めて世評に登場した時期なども考えられるが、実質的な権力掌握時は金日成死亡時（'94年７月８日）から起算していくのが適切と思われる。

そこで権力の座に関わるエネルギー波動を検証していくと奇しくも'08年〜'09年にかけての時期が重大な節目の年となる。

つまり〈権力の座〉にともなう〈大変動の事象あり〉と判断することが出来るのだ。

だからどうしても今日直面している健康トラブルは一過性のことではなく政権中枢部での異変、変動を招くのは確実となるのだ。

<h4>２．何拠に旅するか、将軍様究極の孤独の旅</h4>

さて次に占法を変えて〈易占〉に依る将軍様の病状を検証してみよう。

そこで得た卦は「火山旅　４爻」であった。

易経に曰く「旅ここにとどまる。旅ここにとどまるは未だ位を得ざるなり。その資斧を得るも心未だ快からざるなり」とある。

ここで〈資斧〉というのは〈資〉つまり財力をいい、〈斧〉はオノであり武力の象徴である。将軍様が国内に豪華宮殿と多くの別荘を持ち国家のオーナーとして莫大な資産を貯え、スイス銀行の金正日名義の預金口座には500億円もの資金を亡命資金として貯え、また先軍政治を謳い独裁圧制のための軍部を統括しているのだからここでいう〈資斧〉を共に備えている独裁者の権力構造の実態をよく物語っているといえる。

つまり資産も武力も保持した絶大な権勢は並ぶ者なき存在である。しかしそれは徳望によっているものではなく、常に武力に依存しての存在である。軍事依存症の状況というのは一方ではいつも心底抜き難い不安感を抱いているものだ。だからそれを〈その資斧を得るも心未だ快からざるなり〉と簡潔な文言で記している。

金正日がどこまでも核兵器に執着する軍事依存症により米朝会談がスムーズに進展しないのだが、その原因の一つにはこの健康問題も秘められていたのが今になって判明してきた。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="20080919zu.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/contents/images/20080919zu.jpg" width="300" height="176" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>さらに易経の示すところは次のように説いていく。

しかし〈資斧〉を一旦得たといってもそれは保持していくことには苦難が伴い、その前途には不安があり、火が燃え始めようとするのだがパッとは燃え上がらずに絶えずくすぶっているような不快さの中にある。精神状態は苦悩に満ちたものになり、病状は苦痛甚だしくそれは長引くものとする。

<h3>将軍様最後の「旅」</h3>

また易経でいう「旅」の卦はひどく意味深長なのだ。「旅行」は易経の古代にあっては命がけの苦難の道中を意味した。そこで〈旅〉の卦の意味するところは　&#9312;遠方に旅する象　&#9313;旅の途中に路傍での野宿、宿舎、茶店などで一服する象なのだ。

以上のことを念頭において〈旅〉の卦にはもう１つ重要な象がある。旅とは決して平坦な道ではない。時には現世からの異次元世界への移行、つまり霊界への旅立ちをも意味するのである。

またもうひとつの見方をするなら、この卦には「沢風大過」という卦も内在しているのが注目される。これはすべて「過ぎる」病は既に進みすぎているというのだ。しかもその象は〈棺槨〉ともいい、「棺おけ」をも意味するというのだから何とも不吉な卦なのだ。

この卦は変化して「艮為山」の卦となることも考慮する必要がある。艮は山であり、この山は困難、連続するなどの象があり、見通しがまるで立たない。韓国情報がいう「回復に向かっている」などということはあり得ない。「住居」が２つあることをも意味するから15号官邸を出て烽火診療所での入院が長引くことを意味するのだろう。

北京情報では「四肢マヒ」とあるがその通りで、脳内の機能の意識作用も正常ではなく、到底意志決定の出来る状態ではなくなっていることを易は示している。しかし病状は一進一退で危機を抜けても、次の危機に見舞われるという状況にある。

これから先、11月、12月、１月の冬季に入ると水旺となり〈水剋火〉と水勢が盛んになって心臓循環器系を撃つようになるので、この時期にも危機が訪れることになるだろう。

こんな症状にあるため、仲々、15号官邸に戻れるようにはならないであろう。

さらにもうひとつ指摘しておきたいのは「旅」の卦には〈遠方に旅行する〉象があるというが、リハビリが長期にわたるとなった場合ヨイヨイの姿となった将軍様は身辺の安全を考えて〈北京への亡命治療〉も選択肢の１つに具体化するかも知れないのだ。

いずれにしても言えることは'08年〜'09年にかけて平壌権力中枢部に於ける権力構造の異変は必至である。先の易でも〈艮為山〉の卦の中には〈雷水解〉の卦も内在しており、この卦には地位、ポスト、権力などの〈解任〉をも意味する場合がある。

最後に今後の将軍様の最後の日に向かう予測をまとめてみると次のようになる。

&#9312;将軍様の症状は再起不能であり、'08年〜'09年にかけ政権内部での大変動がある。

&#9313;'07〜'11年にかけての期間における時間帯が大凶運であり、何が発生しても不思議ではない状況になっている。とりわけ'11年〜'12年にかけて平壌異変の勃発は必至である。]]></description>
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         <category>金正日・破滅の日</category>
         <pubDate>Fri, 19 Sep 2008 20:10:11 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>中国四川大地震で予兆するもの</title>
         <description><![CDATA[<div style="text-align: right;">水戸弘天</div>
'07年になってまもなく中国では巷間、人々は囁き交わしていたというのである。「来年の'08年には大変なことが起こる」。やはり易経の国だけのことはある。5月12日に四川省大地震が勃発、約10万人の死者が出るという大惨事となり人々は「やっぱり本当だった」と言い交わしたというのである。中国では古来、「天変地変は為政者への天が下す裁きである。それはひとえに天意を受けていない為政者のあり方に起因する。」というものだ。こうした〈易学史観〉からすれば「自然存在の原理」が、つまり大自然の現象が物質世界に発現する前に予兆として現象化していると理解することが可能なのだ。だから大規模な天災地変の場合にはその現象が後々に発生する人間社会の動静を予兆しているのだ。さてそこで今回の四川大地震を異次元（陰陽五行の世界）からの分析で自然界が示すところのメッセージを解明していこう。この地震は'08年5月12日PM2：28に発生している。この時間帯における9気盤は以下のとおりである。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="zu01.gif" src="http://www.h-mito.com/contents/images/zu01.gif" width="560" height="192" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>

さてこの自然界の生命の営みの推移を示す時間質は今後どのような事象の発現を示しているのであろうか―。首都北京からみて四川省成都は西南方に位置している。西南方には年盤では7赤、月盤では2黒、日盤では4緑、刻盤では壊乱の星5黄が回座している。こうした回座した星の動向によって自然界の流れを読み取るのである。「7赤」は〈金融、不足、論争〉などの象意であり「2黒」は〈大衆、空無、忍従〉、4緑は〈遠方、評判、海外、信用〉などを意味し、時間盤には壊乱、腐敗の星である「5黄土星」がめぐっていることをが年月日盤の各々の象意のトドメとなっている。つまりこれを解明してみると〈人民大衆はこれまでの不足不満を表面に露骨に吐き出すようになりそれをめぐっての論議が社会に表面化するようになり「5黄土星」の壊乱の作用により社会は平静ならざる状況が現象化する。またそれにより中国への諸外国からの評価が下がり信用を落としていく傾向になる〉という国情の変化を予言しているのだ。また念のためにもう1つの占法、諸葛孔明の兵法であった奇門遁甲の面からも分析を加えてみよう。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="zu02.gif" src="http://www.h-mito.com/contents/images/zu02.gif" width="560" height="210" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="zu03.gif" src="http://www.h-mito.com/contents/images/zu03.gif" width="560" height="210" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>

大地震が発生した時の〈時間質〉は次のようになる。年盤、月盤、日盤の中で国家に関する事象は特に「月盤」を主体に見るがそこで月盤の西南方位に回座している星の状況をみるとまず〈凶星〉の「杜門」の存在であり、それに加えて「天冲星」との組み合わせが注目されるのである。この〈凶組み合わせ〉の意味するところは「古き悪習慣を守って新しき改革に踏み出せない事での蔽害」を予兆している。この事情を推断するとこの大地震ではからずも露呈したのは中国共産党の独裁権力も実際に新しい時代の潮流の中に変貌しつつある社会変化を示しメディアも政府の対応を批判をすることができたし〈これは人災だ〉と腐敗官僚を批判する大衆の声を報道していた。こうした大衆への要求に応えず共産党既得権益をどこまでも守ろうとする中共守旧派とバブルに恩恵を受けられなかった差別にあえぐ少数民族、地方農民などの反体制勢力との対立が国を揺るがす動きの核心となろう。さて今後どのような中国の変化を今回の自然現象から予知できるか―。以上のような〝凶現象〟を解読していくと〈戊子1白土星〉に発生した大地震の示す予兆による現象は〈子一辰一申〉の三合法則によって〈'09年己丑9紫火星→'10年庚寅8白土星→'11年辛卯7赤金星→'12年壬辰6白金星〉と結合していくので注目すべきは〈'12年〉に一連の予兆の「結果」ともいうべき現象が生ずるのだ。この動きは前年の'11年頃から前駆現象ともいうべき動きが出始めるのである。ではそれは北京がどういう事態になるのかといえばこれまでの共産党独裁の国家体制が溶解していく新しい動きが始まるのである。北京中央政権への求心力が衰退していく傾向が次第に強まっていきやがて各地での暴動が頻発して大陸は単独政権では成り立たず分裂を始めるのである。だから北京オリンピックフィナーレは〈北京大乱〉へのプロローグであることを大自然の原理は明確に示している。]]></description>
         <link>http://www.h-mito.com/contents/blog02/test.html</link>
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         <category>異次元よりの時局推断</category>
         <pubDate>Sun, 31 Aug 2008 07:52:29 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>いよいよ切迫する健康不安</title>
         <description><![CDATA[<div style="text-align: right;">陰陽五行道・玄学　水戸弘天</div>
<div align="center"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kimu2000-2007photo.jpg" src="http://www.h-mito.com/contents/images/kimu2000-2007photo.jpg" class="mt-image-center" style="margin: 0pt auto 20px; text-align: center; display: block;" width="510" height="380" /></span></div>

<h4>１.　健康不安説の真相</h4>

<p>金正日の健康不安説は最近に始まったことではない。かつて生身の金正日の身近に接した人物が語るその肉体については、ただの肥満体のデブではなく筋骨質のバイタリティーに溢れた頑健な身体である。120 mプールを５回以上も軽々往復してみせたりそれは驚異的な体力を見せていたとの証言もある。ところがある時期に至ってからかねて内在していたところの持病が発病し始めたのである。いまは行き詰まりつつある、米朝会議の行方も｢将軍様｣の｢健康不安｣と深く関わっているといえる。だからつまるところは金正日の健康の限界とブッシュ大統領の任期内での米朝妥協とのせめぎ合いなのだ。そこで東洋占術の各手法を駆使して世界が注目するその健康状態を検証してみよう。まず個人の生理状況の解明がことのほか明確になりやすい｢四柱推命｣から分析していこう。</p>

<table border="0" cellpadding="0" cellspacing="0">
	<tbody><tr>
		<td nowrap="nowrap"><p>金正日　1942年2月16日（4録年　8白月生）<br />
年　壬午（丙）食神　偏官　沐浴<br />
月　壬寅（丙）食神　偏官　絶<br />
日　庚子（癸）　　　偏官　死<br />
刻　戊子（癸）　　　偏官　死<br />
空亡　辰巳　順6年運</p></td>
	</tr>
	<tr>
		<td nowrap="nowrap"><hr></td>
	</tr>
	<tr>
		<td nowrap="nowrap"><p>36才～46才　丙午　偏官　沐浴　<br />
			46才～56才　丁末　正官　冠帯<br />
			56才～66才　戊申　偏印　建禄<br />
		66才～76才　己酉　印綬　帝旺</p></td>
	</tr>
	<tr>
		<td nowrap="nowrap"><hr></td>
	</tr>
	<tr>
		<td nowrap="nowrap"><p>'02　60才　壬午　食神　胎<br />
			'03　61才　癸末　偏官　冠帯<br />
			'04　62才　甲申　偏財　建禄<br />
			'05　63才　乙酉　正財　帝旺<br />
			'06　64才　丙戌　偏官　衰<br />
			'07　65才　丁亥　正官　病<br />
			'08　66才　戊子　偏印　死<br />
		'09　67才　己丑　印綬　墓</p></td>
	</tr>
	<tr>
		<td nowrap="nowrap"><hr></td>
	</tr>
</tbody></table>

<p>以上のような〈命造式〉の中に将軍様の生理的機能の全てが表記されている訳である。専門的解説は省略するとして分析の結論をいえば次のようになる。</p>

<blockquote><p>A.　若い時は頑健であったが、それは表面だけであり本質的には持病、固疾となる病因がその生理機能の中に内在している。</p><p>B.　その生理的機能におけるトラブルを起こす内臓関係はまず肝臓機能、心臓循環器系　統、次に肝臓機能、などの疾患である。</p><p>C.　これらの生理的トラブルは40才台半ばからその兆候が現れ始めるが50才台になるとそれらの病状は顕著なものになり60才台に入るとさらに重症となり一段と悪化する傾向にある。</p><p>D.　その人生を閉じる時はいずれもこれらの持病のトラブルが原因となる。つまりこれらの内臓疾患がついに死病に至るのである。この臓器トラブルは特に'08年中は5、6、7月には心臓系が、また11、12、1月には肝臓系が悪化、循環系と泌尿器系がスパークする形の症状となる。いうまでもなく重症である。</p><p>Ｅ．'07年～'11年にかけて肉体健康面は最悪の状態が続き'11～'12年に大変動期を迎えることになる。去る6月には中国副主席が訪朝したが将軍様と面会している写真は発表されてはいない。だからいよいよ健康不安説は払拭されないのだ。北京筋から伝えられる〈認知症の兆候が出ている〉〈時にウツ病のようになり執務室にとじこもったまま何時間も出てこないことがありメンタル面での問題もあるそうだ〉などと伝えられている。韓国のノムヒョン大統領が訪朝した写真を見ても、7年前と将軍様の風貌の違いである。まず精気が全く失われあまりにも無表情な活気のない雰囲気だ。漢方医術では「望診」といい風貌から診断する医療技術がある。これは生身の肉体の肌の具合などを基に判断するのでこれを気色を診るというがこの写真だけで判断するのは不充分なのであるが敢えて写真からの診断を加えれば顔面を見る限りではシワの状況、顔の表情、眼の精彩などからわかることは明らかに糖尿病を患っており何事にも無気力な精神状態に陥っていることを示している。さらに身体を見ても肩は肉が薄くなっているのに腹ばかり出ている―明らかに糖尿病の疾患がかなり重症であることを物語っている。7年前の写真に見られるような快活さは全く失せている。まるで別人のような精彩のなさである。時おり思考停止の状態にもなっていることもある筈だ。これは風貌だけの問題ではなく将軍様の人間的能力にも及ぶものでもう今やかつての〝胆力と智略に満ちた〟将軍様ではないのだ。今や21世紀最後に残った独裁者である将軍様にもいよい凋落が足下に忍び寄ってきたのである。これは何も肉体的生理ばかりではなくその政治生命も'08～'09年にかけて相続した権力に〈大変動〉が発生することを物語っている。　</p></blockquote>









<p><br />
</p><h4>２． "注目の人" 帰ってきた異母弟・金平日の背後事情</h4>

<p>新たな宮廷抗争の火ダネ近づく〈平壌異変〉における大きな要因のひとつになり得るかも知れない金王朝の注目すべき要人の1人が平壌に帰って来た。これまで北欧各国の大使館勤めを回されてきた将軍様の異母弟である金平日がポーランド大使館赴任から帰国したのである。この人物の帰国は注目の１点でありその動機をめぐって次のようにさまざまな観測がなされている。</p>

<blockquote><ol><li>金王朝権力中枢部における将軍様の血縁者の中で頼りになる者といえば長男の金正男と義弟の張成沢であり日増しに体力の衰えつつある状態の中で頼るべき肉親で周囲を固めたくなったのだ。<br />
金正日は自分よりも親父の金日戊にソックリ男振りも格段に優れておりまた人間的にも人望のある金平日を疎んじて「オマエは目障りだ」とばかり北欧に飛ばしているのを呼び寄せたのである。　</li><li>せっかく開発した核兵器を放棄してまで外交攻勢をかける金正日の方針に軍部は猛反発、全く軍歴のない将軍様に較べて金平日は軍歴があるので軍部は金平日に寄せる期待も大きく、その軍部の強い要望に抗しきれずに金平日の帰国に同意せざるに得なかったものともみられる。これまで｢先軍政治｣と謳われてきたが実際の権力構造は絶妙に朝鮮労働党が朝鮮人民軍を統括するものであり双方のバランスを保っていくところに将軍様の統治能力の発揮と権力体制維持の根源があった。ところが頼りとする軍要人はいずれも老人ホーム組となってしまったことに将軍様の先軍政治の限界が見えたといえる。それが近年は海外で自由の空気を吸ってきた〝海亀族〟といわれる留学体験者エリート層が各分野に放たれて実力をつけてきてこれからは改革開放を目指すために軍部との対立が目立ってくるようになった。核兵器の保持への絶対の信仰を持つ人民軍幹部たちにとって核兵器の放棄は許せない利敵行為としか理解しない。将軍様の存在が希薄となると共に権力機構の内部抗争が静かに始まってくる兆しが見えてきた。</li></ol></blockquote>

<h4>3． 待たれる万景峰号の到着</h4>

<p>「革命の軍隊こそが主体思想の革新的な力であり主力でもある｡軍隊は人民でありまた国家であり、そして党である」これは金正日が朝鮮人民軍について述べたことばである。金正日は1995年～2005年までの10年間に約22万3千キロを走破し950カ所もの軍事施設を視察したと云われる｡金正日が軍を視察すれば軍人の士気は大いに鼓舞され軍幹部たちの忠誠心は高まっていく―将軍様のカリスマ性への異常なほどの信奉はあたかも新興宗教団体の教祖へ対するような熱気を帯びている。</p>

<p>またこうした場合は、将軍様は自らへの信奉心への見返りを忘れることはない。功績を挙げたものへの表彰は徹底している。これは何も軍部ばかりではない。各行政要路の幹部へも同様で高級な品物では外国製高級車あるいはドルなどの外貨、高級時計。衣類や食料品あるいは特別賞与などおよそ国内では手に入らないものなどの特別プレゼントもある。こうした恩恵にあずかるのは約200万人ぐらいの恵まれた特権階層に属する人々だけであり、このうち約2万人の人々には親しく握手してこれらのプレゼントを〝手渡し〟している。これらの人々の感激はひとしおであり将軍様への永遠の忠誠を誓うのである。平壌市内に住める人々はこうした恵まれた人々にほかならない。プレゼントが忠誠心の結集力となっていたのだが経済制裁を受けるようになってからはこれらの物品を入手するのが難しくなりこれが金正日を悩ませる深刻な要因になっている。所詮は忠誠心もカネ次第というところがあの驚異的なマスゲームを演じてみせる人民にも人間らしい本質が流れているというのである。</p>

<p>　さて8月11日のテロ指定解除は先延ばしとなったがいずれアメリカのテロ指定解除にともない日本も経済制裁の一部を解除することになり貨物船「万景峰号92」は入港の手続にも入っている。とりわけ今年の同船の往復が待たれるのは9月9日の建国60周年を祝って将軍様への贈り物はじめ祝賀に出席する人々を北へ送らなければならないからだ。これまでの例だと年間約2億円もの現金を積み込んで北へ出港して行ったものだが「今年は60周年というのに在日の人々の金が集まりにくい例年の半分以下になるかも知れない」（朝鮮総連関係者の話）というから将軍様への献上品も渋い状況となりそうだ。それはすなわち将軍様の御威光も陰りが見え始めたことにほかならない。</p>]]></description>
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         <category>金正日・破滅の日</category>
         <pubDate>Thu, 28 Aug 2008 04:11:04 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>金正日の消える日―平壌の暑い夏</title>
         <description><![CDATA[<div style="text-align: right;">陰陽五行道・玄学　水戸弘天</div>
<div align="center"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.h-mito.com/contents/images/book-L.jpg" class="lightwindow" title="「金正日 破滅の日 朝鮮半島2008年の衝撃」"><img alt="" src="http://www.h-mito.com/contents/images/book.gif" class="mt-image-center" style="margin: 0pt auto 20px; text-align: center; display: block;" width="560" height="250" border="0" /></a></span></div>

<h4>１　平壌は静かな占いブーム</h4>

近づく"平壌異変"の予兆　いま平壌は〈占い〉がが静かなブームであるという。といっても市内の街角に日本でよく見かける大道易者が軒を並べる光景があるわけではない。いずれも自宅で鑑定したり求めに応じて依頼者の居宅を訪ねたりして求占に対応しているから堂々と易者の看板が出ているのではない。平壌の情報筋によるとこうした占い師が市内には約1000人位が存在しているというから驚きだ。〈金正日思想〉一色の社会体制の国としては異様な現象といってよい。しかも平壌市内といえば将軍さまのお膝もと、いわゆる特権階級の人々たちだ。時として〈占い〉に頼っているのは何も一般市民ばかりとは限らない。トップたる金正日総書記の身辺にも何人かの〈将軍様御用達〉の占い師が存在しているといわれる。
それというのも'04年4月、将軍さまは突如"電撃訪中"を敢行したが、この御召し列車は大爆発事故に遭遇しそうになった。その事故を乗車時刻の変更により危うく難を逃れたが、それはお抱えの女占い師のアドバイスであったと伝えられている。将軍さまがこんな体験をしているだけに金王朝はことのほか〈占い〉に対する信奉には熱いものがある。もともと朝鮮民族はこうした分野を信じる民族的文化土壌があるしそれは極めてアジア的でありその点に関しては〈主体思想〉体制下となっても変化はなかったのだといえよう。だから一般市民も密かに〈占い師〉のもとに通うのだ。約10年ほど前には将軍さまの愛人たちの御用達であった占い師の男性はそれらの愛人たちの抱える悩み事に耳を貸しているうちにあまりにも多くの"宮廷トップシークレット"にも通ずるようになりやがてそれが恐ろしくなり〈知り過ぎた男〉として消される破目になるのではないかとついにソウルに亡命した事実もある。
いま平壌に静かに潜行して賑わっている状態は、近づいている〈平壌異変〉に対する社会不安を示しているものにほかならない。
ここへきて〈米朝接近〉は予想以上に急ピッチで進んでいく――"拉致"よりも予想以上に、「核撤廃」の内容に軸足はかかって金正日の〈核放棄〉とアメリカの〈体制保全の確約〉をめぐっての最後の詰めへといよいよ終盤を迎えた。
いま世界で最もその去就が注目されている人物、金正日はこれからどうなるのか。それには金正日の〈個人的運命〉の分析からその将来を予測してみるのも有効な手法なのである。

<h4>２　将軍様の運命暗転の年</h4>

そこで04年に刊行された水戸弘天著『金正日・破滅の日』（日新報道刊）をいまあらためて検証してみよう。本書の75ページには「危険期の第１年は'06年」として次のように記している。

<h5>'06年　丙戊　備官　衰</h5>
"危険ゾーン"に踏み込んだ第１歩の年となる。今まで表面化していなかった身辺の争い事が知られるようになったり、計画や思惑はずれの破綻があり、身辺の状況はこれまで以上に次策に暗転していく、これまでの無理が今までどおりには通らなくなってくるのだ。肉体的にも従来の持病は一層悪化していく恐れがある、常に身辺に無駄事が多く部下のために損失をこうむる傾向がある。身辺に移転、変動が多いために心身の疲労が甚だしく健康問題は無視できない状況に陥る。本年の後半から運命は一段と低調に向かっていくことになる。（注・確かにこの年ミサイル発射、核実験があった）

<h5>'07年　丁亥　正官　病</h5>
本年の健康問題は深刻なものとなり好転は難しい、何事にも守りが主体となる年であり、新しい計画や企みは全て凶変する動機となりがち。とかく思い違い、見込み違いが多くなってくる、時に持ち前の猜疑心はさらに旺盛となっていき、錯乱状態に近い精神状況に陥る。そのために側近からの信望は低下して孤立性はさらに一段と深まる。（注・認知病とウツ病が進行中との情報もある）

<h5>'08年　戊子　偏印　死</h5>
（周期律の）十二運にはイメージの悪い「死」の星がめぐっているように一大凶運の年となる。家督を破るか、突然降りかかる災難、困難に直面することになる。ここにいう〈家督を破る〉とは」文字どおり、相続、継承の断絶を意味するので「金王朝の継承は不可能となる」ことが明らかになるであろう。とにかく周囲の人々との生別、死別などが多くなり「離別運」が主体となる年である。諸事反転することのみ次々に起こる年。持病も好転せず、さらに悪化する兆。しかもこの年、肉体的には外的に傷害を受ける恐れもある。これは必ずしも不慮の不祥事を意味するばかりではなく、外科手術を受けることも含まれている。また一方では資産の損失あるいは身体的な災害の発生など、これまでの日常生活を大きく激変させるような不安な状況に陥るのだから、ただ事では済まない年となるにちがいない。いずれにせよ凶変事勃発の可能性の濃厚な年となる。

<h4>３　後戻りはしない米朝国交、核廃棄の道</h4>

次に金正日の近未来を易断にみてみよう。そこで得た卦は〈天火同人の上変〉変じて〈澤火革〉の卦となる。この卦は「同人野においてす、亨る、大川を渉るによろし」と説いておりでは「野において何をするか」といえば「同人」つまり「人と同じくせよ」というつまり〈君子の道〉をといている。今さらあのような人物に〈道を説いて〉も仕方ないのだが、易経がここで示すところは「野」という公明正大なこと、誰にも恥じることなく公明正大にいくべしと説いているのだ。「天地神明に恥じるようなことでなくてはならず公明正大なことを目標として他と力を併せて進むのであれば〈大川を渉る〉ような危険や困難を冒すも大事を為し遂げることが出来る」「同国の人々と志を同じう」して行なえば幸いを得るというのである。これを現実に合わせて推察するに、やっと始まった米朝国交、平和協定の実現は今や目前となったがこれは金正日にとって最後のチャンスとなる。易の「天火同人」の「澤火革」に変ずるから読み取るところそして今までの志しとするところに執着せず遠く離れたところで一歩退いて「淡々としている」というのでありしかも「澤火革」であるから何事か身辺に今までにない状況の変革ともに心の変化が現れるというのだ。米から体制保全の確約が取れるまで核の撤廃は小出しにして進むであろうが金正日の健康不安は下半期はさらに深まる兆がある。金正日の退陣―政権委譲はこれで確実になったといえるであろう。

本誌は始まった『金正日破滅の日』の当日までカウント・ダウンを続けていくのである。]]></description>
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         <category>金正日・破滅の日</category>
         <pubDate>Tue, 15 Jul 2008 22:02:31 +0900</pubDate>
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         <title>プロフィール</title>
         <description><![CDATA[<strong>水戸弘天</strong>（みと・ひろみち）

昭和17年　茨城県水戸市出身。
母親の祖母は幕末、水戸城城中で水府に伝承されていた易学を学ぶ。
水戸藩には明朝の亡命儒学者、朱舜水の影響で易学が盛んであった。祖母から少女時代に易学の手ほどきを受けた母親はそれを高校生の頃から水戸弘天に伝えた。それ以来、水戸学を基盤に古神道の修行と共に東洋運命学全般を学び、学生時代は台湾、香港にまで習得に赴く。

2000年には『日がまた昇る』－日本経済復興の証明－（総合法令刊）を出版、同書の中で｢日本経済の景気回復は‘04年からトンネルを抜ける」と予測。それは‘04年1月の東証株価1万円台復帰でそれは証明される。続いて‘04年には『金正日・破滅の日』－2008年朝鮮半島の衝撃－（日新報道刊）の中では｢金正日の今後の運命｣は‘06年は病状は悪化、周囲の環境も一段と暗転｣この年がホップ・ステップ・ジャンプ（‘08年）の凋落となる第一年となる、と大胆に予測している。]]></description>
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         <category>プロフィール</category>
         <pubDate>Mon, 30 Jun 2008 00:00:00 +0900</pubDate>
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         <title>陰陽道メニュー</title>
         <description></description>
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         <category>陰陽道</category>
         <pubDate>Sun, 01 Jun 2008 18:17:26 +0900</pubDate>
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