回復した将軍様は後継者指名がまず急務
次期政権樹立と<北京治療亡命>の可能性
2009年1月31日
1.死の深淵をのぞいて将軍様の心境変化
健康状態が危ぶまれていた将軍様が5カ月ぶりに姿を現した。本誌は〈Xデー〉を予告していたのだが、運命学上の純粋理論からすれば「水旺の時」(厳冬の時季)に生命を落とすのだが、結果的にはそれが助かった。あくまでも運命学は80%であり、残り20%は人間の努力に任されている---- これが天の配剤なのだ。
将軍様の場合にも20%の部分で最善を尽くしたのである。ヨーロッパから億単位の治療費を費やし、また中国からも漢方医師を招き6000万円もの中国の漢方高貴薬を購入するなど莫大な治療費を注ぎ込み平常人が成し得ない最高の治療のおかげで危地を脱することが出来たのである。
これは私たちにも良い教訓を残してくれた。運命は努力によってある程度は克服できるのである。20%の人間的努力をそれこそ普通の3倍もするならば、それは60%となり、定まった運命の大半は克服される計算となる。しかし基調として定められた大筋の傾向性までもは大幅に改善することはない。
この将軍様の場合でも今回は"奇跡的な回復"を果たしたが、当初から述べている〈三途の川の渡し場〉への孤独な行進が全くなくなったわけではない。その歩調が遅くなっただけにすぎないのである。およそ一般に人間の寿命には3回の肉体の危機があると言われている。その最後の3回目の寿命が〈定命〉といい、これはもう助からない本当の寿命なのである。こうしてみると、将軍様はこれまでに8月中旬と10月の2回、危機に陥っている。金日成の設けた「長寿研究所」あるいは「火烽診療所」などの個人専用の医療施設が身近に整ってなかったならばその生命は今まで持たなかったに違いない。
訪朝した中国高官たちと対面している将軍様の相貌について観相の視点からみるといくつか目が惹かれる箇所がある。全体には以前よりやせた上半身とその面貌の印象がかなり異なってきている。人間的な内面的な柔和さが出てきたのである。これを一口で表現すれば〈ホトケ顔〉になったといえよう。このあたりはいかに〈神格化されたカリスマ独裁者〉でもやはり血の通った人間なのだ。
生命の危機に陥った時にこれまでのなに不自由ない、思うこと叶わざるを得ない人生の中で体験出来なかった体験を得たのである。
この将軍様の〈内面的な精神分野〉についても陰陽学では次のように解明できるのだ。
将軍様の星は'09年に入ってからというもの〈周期律〉が前年'08年からガラリと変わったのである。それは〈印綬〉の星となったのが目立つのだ。その星が支配するところの精神性は次のようなものだ。
〈印綬〉反省、探究、思索が特徴となる周期。人間としての存在そのものへの懐疑になりその根源性を追求していくという周期。哲学的、宗教的思索の周期。
今までは自己の人間的存在とその社会性に於いてのみ自覚し行動してきたわけだが、この周期に入ってからというものは社会性から孤立したこの周期に至って初めて哲学的とまでいかずとも、ふっと自分はこれまで何をしてきたか、何のために働き汗を流してきたのであろう、といった人生におけるより根本的な疑問を抱き、あらためて自己という存在を自分で客観的に眺めてみる、そして自己の存在について〈その限界をも自覚〉するようになるのだ。
つまり確かな手がかりは自分だけしかない自分という存在、自分だけの考え方に没入する自己の探究である。環境から孤立して環境に煩わされずに自分自身を心理的に解明しようとする。
外部からは反省、思索などに見えたりもするが、昨年の再出発、行動性に連なっていくものだ。昨年の沈潜してきた心理的煩悶が底をついてこの〈印綬〉によってギリギリの線で自分を支えていくのである。
心理性の感性を意味する宗教、芸術、研究などに本質的に好ましい周期であり、人間探究の成果のあがる時。心境的変化をきたす年となる。
以上のような心境に至る将軍様の'09年であるが、具体的な命運状況はこうなる。
2.後継者指名がまず急務
'09年 偏印 -- 印綬
執務上は早急に決断しなければならない案件が多くなり、煩わしい事ばかり山積する。その中でも問題は血縁関係の厄介事、解決しなければならないことの決断を迫られることのみ多く、苦悩は尽きない。
また本年は将軍様の良き悪いことを問わず全ての実情が明らかになりスポットライトを浴びたような状況になる。
さらに今回は〈復活した将軍様〉のお姿を全世界に周知させたが、現実はこれでスッカリ健康体に回復したというものではない。
将軍様の今後の健康面を陰陽学の分野から次に検証していこう。
金 正日 1942年2月16日生(4緑木星年、8白土星月)
壬午(丙) 食神 偏官 沐浴
壬寅(丙) 食神 偏官 絶
庚子(癸) 傷官 死
戊子(癸) 偏印 傷官 死
66才〜76才 己酉 印綬 帝旺
'09 己丑 印綬
'10 庚寅 比肩
'08年の健康トラブルは戊子(歳運)-- 戊申(大運)-- 命造の中の月と日の子、の申--子--申の合局による水勢大過による〈水剋火〉(水:腎系、火:心臓系)の原理による循環器系の危機であったが、'10年の歳運、庚寅の寅と命造における年月、午寅が午--寅--午の火局三合を形成し、命造中の水勢大過と衝突する----やはり〈水剋火〉の激戦であり、'08年のトラブルと同様の原理による病症となろう。また'10年は悪いことに本命4緑木星は北(坎宮)に入り、いうところの〈本厄〉の厄年に入る。持病のある者にとってはこれまで潜在していたものが顕在化するイヤな年でもある。したがって将軍様の'10年はまたも危機の年になる。特に2月、6月、12月は要注意だ。
以上のように病身をベッドに横たわったままでいる将軍様はこれまでにない体験をしたのであった。それは(1)自分の生命こそは自分の自由にならないものであり、何でも思いのままになる自分でも自由にならない時がある。(2)こうなって大切な頼りになるものは血族であり、家族以外にはあり得ない---- ということだったろう。思えば病室にあって政治的空白にならぬように立ち働いてくれたのは張成澤と第5夫人であったことをあらためて心強く感じたのであった。
将軍様の心境変化によって後継者指名は環境整備と共に今後すみやかに進んでいくようになろう。'09年〜'11年にかけての期間は将軍様にとって〈大変動〉の周期であり、北朝鮮次期政権樹立の年となる。
また注目すべき点がもう1つある。それは先の中国訪朝団が将軍様への訪中招待状を提出したことだ。それを快諾した将軍様は訪中してさらなる治療を受ける心算に違いない。それが後継者指名後であった場合、国内統治に安心して北京での長期逗留の治療に入る生活も考えられるようになってきた。北京への治療亡命の可能性も出てきたのだ。
この1月中旬になって〈後継者指名は金正雲〉との情報が唐突にもたらされて北朝鮮ウォッチャーたちを注目させた。
将軍様の三男坊でまだ25歳、昨年8月にはオートバイで衝突事故を起こし重態となり、その惨状を見た将軍様はショックのあまり脳卒中を起こしたのが今回の健康不安の原因となったと伝えられていた。また別な情報では事故説は誤報であり、真相は内臓疾患による入院であるとの説もあって、どちらが真実か不明だが、いずれにしても息子の3人が各々持病を抱えてまともな健康状態でないという説が有力だ。この〈後継者・金正雲説〉情報は、米国務省筋によるものだとされており、韓国筋では全く問題にはされていない。こうした情報が突然流されてくるところに〈平壌政権・後継者擁立〉をめぐっての〈権力闘争暗闘〉の激化を立証するものだろう。
その〈権力闘争〉の内容については究極のところは「改革開放派〈張成澤=金正男(北京派)×守旧派〈李済剛、李勇哲=正哲、正雲(党・軍の既成権益確保固定化)〉大別するとこんな図式になるようだ。
要は腹違いの子どもたちの背後に各々の既得権益を死守する支持勢力が存在するために後継者にしようとの構造的権力欲と肉親間の野望とが絡み、血族の骨肉の争いも根底に混えているから複雑な様相となってしまっている。今や平壌金王朝の末期症状なのだ。これは将軍様が金日成の膝下で帝王学を学び取る一方で後継者の座をめぐり骨肉の争いを展開してきた体験があるだけに、これだけはさせまいとする思いが強いためにいつまでも後継者を指名できずにいたのだ。それもいよいよ限界にきた。
3.張成澤は幸運児か?
今は張成澤が去年8月中旬以降〈病室政権〉トップとして執り仕切っており、次期政権の産婆役となるだろう。やはり〈ポスト金正日のキーマン〉であるのは変わりない。そこで張成澤の個人的命運はどうなるか----。これによって次期政権樹立の行方が少しは推測できようというものだ。
今や平壌政権の異変が確実となった'09年に張成澤の命運はどうなるか----。かれの四柱命式については前号で紹介しているので、今回はそれを基に解明することにしよう。
張 成澤 1946年2月6日生まれ(9紫火星年、5黄土星月)離宮傾斜
59才〜69才 丙申 正官 帝旺
'09年 己丑 63歳 偏印 養
● 張成澤'09年の運命傾向
もともと権力志向、名誉欲の強い性質であるから、自分の意志よりも周囲の人々から乞われ担ぎ上げられ結局はそれが自分にとって結果的には報われず損害を受けることになる。 また、目上に替わって相当の位を得るか、その地位を相続するかあるいはその重要な相続問題に深く関与するようになる。一方では健康、肉体面では要注意であり、身体健康運は要注意。時には一命にも関わるような状況に陥ることもある。● 張成澤'10年の運命傾向
'10年 庚寅 刧財 胎
兄弟、身内、同僚など周囲の人々のために迷惑をかけられ厄介事を押しつけられる。環境への不満が甚だしい近親者のために被害を受ける。自分の主張が通らずに苦悩する。精神不安定。
こうしてみるとやはり今年の張成澤は金正日引退後に新政権構築の重要なキーマンとしてそれなりの役割を果たし重要なポストに就くことになる。しかしその就任は張成澤個人の運命にとってそれは喜ぶべきことではない結果となるということだ。次に姓名判断での分析も参考になるので加えておこう。
張 成 澤
11_7_16 = 総画数34画 破壊凶兆の凶数 困難辛苦、病難短命、
申 辛 丙 刑傷凶災、破綻亡身の大凶象
甲−辛−丙の組み合わせ=成功難あり、基礎不安定、心身過労、常に身分不相応、健康面では神経、呼吸器系、眼に難あり。
こうしてみると確かに今年の張成澤は命運の示すところにまるで符節を合わせたようにその身辺は動いているのが不思議である。そのとおりになるとすれば新政権が成立する前後というものは張成澤の身辺には不穏な動きが感じられてならないのだ。また新政権スタート後に平壌に順調に進む雰囲気の中に身を置く状態にはない。そこで次には〈太陽黒点増減〉に準拠して導き出される〈YMD波動〉による判断の図示による張成澤のライフウェーブは次のようなものだ。

YMD波動の示す張成澤の運命(西宮史朗氏制作)。
'11年からの運気下降に向かう張成澤の運命は平壌政権の今後の混乱を暗示している。
注目されるのは新政権が樹立されてまもなくという'09年の半ば頃より運気はガクンと右肩下がりになっているのが気にかかる。
これは察するところ新政権中枢部の重鎮となるのは確かであるが、樹立してまもなく政権内部に権力闘争が絶え間なく安定せず、'10年は当初の地位を守れるが'11年に至ってからの状況は極めて悪く運命の暗転を体験するようになろう。
このように張成澤が新政権のキーマンとなるのなら後継者には自らが就くか、あるいは金正男を就かせて自分は金ファミリーを代表して後見人となるということになろう。しかし金王朝の〈金庫番〉海外アングラマネーの担当者として自分は100億円以上もの資金を北京に貯えハーレムをつくって海外漫遊するなどというケッコウな生活を楽しんでいる能天気な金正男にしてみれば間違り間違えば命のやり取りをするような平壌政権中枢部には関わりを持ちたくないのが本心であるはずだ。
だから目下、張成澤の仕事は金正男を説得し、後継者としての意欲を沸かせると共に祖国改革による人民への責任を果たさせるべく為政者としての自覚を喚起させるべく努力している最中ではなかろうか----。
4.金正男の人生行路も平穏ならず
それでは金正男の〈個人的命運〉はどうなっているのだろう。前々号に金正男の四推命式は既に出しているので、その判断を記していこう。
金 正男 1971年5月10日生(2黒土星年、8白土星月生まれ)
辛 亥2 癸 巳8 乙 未
特殊星の生まれという特異な運命の持ち主。それは自己主張強く、せっかくまとまりかけたものを自ら壊してしまうことが多い。
チャンスをつかむと大きいが、つかみ損なうことの方が多い。とにかく運気の波乱起伏が多く、自分が悪くないのにも関わらず突発的な不運に見舞われ、まともに自分が傷つくハメになる。運命が急転直下一夜にして転落するという〈激変の人生〉なのだ。いってみれば運に見放されたような気の毒な生まれなのだ。
5.<張・正男コンビ>は破綻の予兆
またここで重要なもう1点の視点を忘れてはならない。この両者の相性をみることだ。張・正男コンビによる政権樹立は可能かということだ。
分析の詳細は省くとして結論を端的にいえば、両者の相性はすこぶる良くない。凶である。
お互いが助け合う関係にはなく、張にとって正男は周囲の人間関係を壊す緊張を高める厄介な存在であり、互いに剋害し合う関係となるからだ。この場合の二人三脚は凶運に向かってのコンビでしかない。不運の相乗効果がその結末となる。おそらく両名主導の〈親北京改革開放志向〉の政権となろうが、これに反発する抵抗勢力を一掃できないのであろう。両者の不運な運命航路がそれを物語ってあまりある。
張成澤の当面の運気を易占したところ次のようになった。
「来ること徐々たり、金車心苦しむ。吝なれども終わりあり。志、下にあるなり」とあり、この卦は「君主の執権の立場にある者が天下人民の苦しみを救い得ず下位の賢臣の助力を求むるがところがこれに速やかに応じてくれない」----重職にあるのだが、時流に合わず困苦する。苦しみの後に成就する。出来れば隠居したい心境にある象、また意外な人の登場によって助かる、との意味もある。
6.意外な〈第三の男〉は登場するか
ここで〈意外な人〉というので思い出した人物がある。ヨーロッパの北朝鮮ウォッチャーの間で密かに注目されている〈第三の男〉----。それは金日成が最晩年に至って身近な看護婦の1人に生ませた子ども、張賢の存在である。
金日成も正日とは30歳以上も歳の離れたこの子の存在を体裁悪く思ったらしく、張成澤の兄の家に養子に入れてしまった。〈親北京派〉×〈守旧派・党・軍部〉の対立を中和させる便法として両派とは距離を置いている張賢を担ぎ出そうというのだ。
いずれにせよ次期政権は短期で終わり、その後は権力闘争は激化、内乱も起こり得る北朝鮮の近未来図だ。
'10年に入ると北朝鮮の国運はかつて6カ国会議の主役となって超大国を翻弄し続けたあの国威が消え失せ、平壌は内紛絶えぬ状況となり治安は北京政府の支援なくしては確立出来ぬ実状となるに違いない。張の不運な人生行路がそれを示しているのだ。
これからの米朝会談は進み、オバマ外交の一環としてキッシンジャーあるいはイラクで失敗したブッシュ元大統領が特使として訪朝するとの説も浮上してきた。こうなって初めて拉致問題も'09年はその解明が浮上し、解決に向かって動き出すのである。

