"昔の写真で出ています......"
2008年10月16日
元気印を吹きまくるしかない困惑する平壌政権
どこまで持つか将軍様の<病室統治>
1.軍事パレード直前のドタキャン
平壌の将軍様の容態についてはさまざまな情報が飛び交っているが、未だに真相がつかめない。肝心の平壌からの確たる発表がないからだ。つい最近も「サッカーの試合を元気に観戦していた」とか「今年の真冬も真夏も国内各地を4,000kmに及ぶ長距離を歴訪して回った」といった情報を流し、いかにも〈それほどの体力の持ち主。今も健在だ。〉と言わんばかりの宣伝に躍起となっている。それほどに〈将軍様は異常なし〉のメッセージを発信し続けなければならないところに異常事態発生の深刻さと平壌ファミリー政権の混乱ぶりが現れている。
今回の異変の発端は、平壌での「建国60周年記念行事」への将軍様欠席がきっかけであった。
だがその"異変"は既にこの春先から始まっていたという。以下は本誌が得た最近の〈平壌情報〉----。
「今年に入ってから将軍様の健康は一段と不調となり、春頃になると周囲から見た目でもその悪化ぶりは明らかになっていた」という。
その実情が対外的に明らかとなってしまったのは、6月17日になって中国の習近平国家副主席が平壌入りをして将軍様に対面したその時であった。習副主席と面談するのも辛そうな様子で、挨拶もそこそこに共に並んでの記念撮影だけ済ませるとその場から退出してしまった。その後は義弟の張成澤が代わって習副主席ら訪朝団との会談にあたったのであった。
中国の訪朝団の目的は、8月に開催されるオリンピックの件が主たるテーマであった。それはオリンピック開催セレモニーに将軍様の参列出席のための訪中を要請したのであった。
そこで米ブッシュ大統領と堅い握手をさせ、その両者の握手を胡錦濤国家主席が両手でそれを覆う----。この場面を演出すれば北東アジアの平和を象徴する一大ページェントとなるはずで、それこそノーベル平和賞ものだ。この件は日本でも一部メディアで伝えられたが、実際にその構想は実在したのであった。中国側にとってその演出が成功すればそのメリットは大きい。
これを機会に米朝和解を成功させた中国としては国家イメージアップに絶大なアピール効果があるだろう。世界平和の祭典の主催国でありながらもチベット争乱問題は世界中の批判を浴びたがそれを払拭するためにも北京としては何としても将軍様を登場させたかったのである。しかし中国訪朝団は将軍様の体調の悪化を見て訪中はとても困難とだと判断し、世紀の〈ブッシュ・金正日〉の握手は実現しなかったのであった。
そこで中国はあらためて将軍様の健康状態を確認することが出来たのであった。
またその会談を通して北京側が確認したことはもう1つ、「張成澤への将軍様の信頼ぶりであったという」。
張成澤・党中央委員会行政部長は'05年に左遷されて失脚したといわれていたが、2年を経て'07年の秋に司法・治安部門を統括する要職に昇進し復活を果たした。同氏について『金正日・破滅の日』の中では「後継者候補の中では最も今後の運命が良好に見える張成澤は、金正日の凋落とともに近い将来復活してくる可能性がある」とあり、その通りになり今夏さらに昇進、要職についたと伝えられている。また金正男の命運も'09年さらに良好となるところからみて、張成澤と共に金ファミリーの親中派としてその重みを増してくるのは確実だ。この後継者問題については次号で検証していこう。
先年の張氏の失脚についての理由としては、'04年に党内に派閥を作る動きを見せたことが将軍様の逆鱗に触れたのが原因とされているが〈平壌情報〉に依るとそれは少し違う。
2.復権した張成澤の今後
「'04年頃に訪中した折に張成澤は米CIAの要員と接触した。それ自体は問題ではないのだが、その際における報告をキチンと正確に将軍様に果たさなかった事が将軍様の逆鱗に触れたのであった。
それはCIA要員が〈ポスト金正日について後継者の用意はあるのか?〉との問いに対して〈それはまだ早い。また仮定の問題には答えられない〉と応じたのだが、その問答を張は話しづらい事だったので将軍様には報告しなかったのだ。しかし同席者の口からその話が伝えられた将軍様は〈なぜ正直に全てを報告しなかったのか〉と不信感を抱かせたために叱責を受けたのが真相であった」という。張成澤の個人的命運をみても'07年後半から復権して良好な運命となったが、'08年にはさらに存在感を増し、いまその勢いはこの先3〜4年間にわたって低落することはない。
現在、平壌政権中枢部は将軍様の秘書室が中心となっている〈病室統治〉であり、ここに出入りできるのは第4夫人といわれる金玉女史と張成澤の2人だけであり、将軍様の伝言や指令を仲介する役割やまた重要なのは今はリヒテンシュタインにある〈将軍様ファミリー金庫〉の海外裏資金や各国への武器輸出ビジネスの管理を両人が分担して担当しているそうだ。
将軍様の容態の実情についてが注目の焦点であるが、それにまつわる情報としてはピンからキリで、重体説では四肢マヒや顔面マヒで話せない寝たきりというのから会話も自由で歩行も不自由ないという説までさまざまな情報が伝えられている。
しかし本誌で得た〈平壌情報〉では将軍様の病状は決して軽度のものではない、というこんな情報がある。
去る9月9日の〈建国60周年〉には金日成広場を埋める見事な歩調の軍隊大行進をバルコニーから閲兵する将軍様の雄姿が見られるはずであったのが、ついにその姿が見えなかったところから〈金正日健康不安〉が現実のものとなったわけだ。しかしこの注目の軍事パレードは直前まで側近たちは将軍様をバルコニーの要人たちの中央に起たせる試みを行っていたというのだ。
〈平壌情報筋〉はこんなふうに語る。
3.ついに起てなかった将軍様
「将軍様の秘書室ではパレード直前までバルコニーに登場するという意向を主張する本人のために周囲はとまどっていた。健在を演ずるために車椅子でバルコニー上から手だけ振るという形だけつけようとするが、かえって病体を晒すようなものだ。との判断となり、将軍様はついに起ち上がれず登壇できなかったのである。だから金日成広場に出場するべく正規軍はミサイル、戦車、大砲などと共に兵士なども隊列を整えて金日成広場にいつでも出場できるように近くにある軍用飛行場で待機していたのであった。だから正規軍が出なかったのは軍部が反発し、軍部の内部抗争が存在するのであるとの説は誤りであり、将軍様が出席しないから軍隊パレードは出場のチャンスを失われただけである。
バルコニーに並んだ要人の中で金永南・最高人民会議常任委員長は何度も背後を気にして振り返る姿が映像に残っている。これは将軍様が出席との意向も流れていたためだ」
およそ将軍様の容態に関する情報でアテにならないのは韓国情報であり、平壌を刺激しないように気を遣っているものであり、最近も「その病状は快方に向かっている」と伝えている。「アメリカが把握している将軍様が入院している火峰診療所に人の出入りもなく平静である」というのを根拠とするものである。アメリカの軍事衛星で捉えた状況であろうが、人の出入りがなく静かだからといって"快方に向かっている"となぜ言えるのか。急変悪化がなく小康状態を保っているのであってこれを以て"快方に向かっている"というのは将軍様について腫れ物に触るような臆病風に吹かれている韓国側の好意的解釈に過ぎないだろう。
次にその病状について異次元よりの分析を加えてみよう。
命造式
将軍様の病状は今年は火旺となる夏季と水旺となる冬季が〈危険期〉となるので、夏季は先頃の循環器系のトラブルに明らかであり、次に危ないのは11月、12月、1月の期間となる。初めに示した易経にいう「艮為山」の卦が物語っているように〈山また山また〉であるから「一進一退」の危機が何回にもわたって見舞われる病状なのだ。突然コロリとはならない。
この将軍様の"異変"についてはもう既に下々の人民にまで知れ渡っているから、全ての諸悪の根元は将軍様であるという共通認識はとうに出来上がっているからこの先これまでになかった不測の事態も発生する可能性がある。目を離せない平壌情勢である。
4."病室政権"の限界は近い
平壌政権中枢部の〈最高意志〉が"寝たきり老人"から発せられている異常事態が長く続くはずがない。しかも今となってはそれも本当に本人から発せられているかも定かではない。
去年6月に訪朝した中国の習国家副主席の一行は、将軍様の体調のただならぬ状況を見てとって、張成澤に今後の危機管理についての打ち合わせをしたという。張成澤はその後、6、7回にわたって訪中している。いずれもポスト金正日に関わるテーマが主体だったといわれている。この辺の事情を見てもいかに北京が平壌政権の存立に深く関わっているかということが分かろう。
金正日という独裁者の生死は、半島の現状を大きく変えるだけでなく、地域の安定、周辺諸国の安定や戦略的均衡にも大きな影響を与えているのだ。
中国にとっては、北朝鮮に急激な民主体制が生まれることは好ましいことではない。かといってこれまでのようなナチズムよりもスターリン主義よりも強固でラジカルな主体思想による先軍体制もまた半島での戦火を嫌う中国としては忌まわしい存在でしかない。北京政府と張成澤はじめとする"病室政権"との討議は整い次期政権の確立に向かって"平壌異変"は静かに進んでいるのは確かだ。次号では注目の〈次期政権〉について解明を進めていこう。
